じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
|
【思ったこと】 _60105(木)[心理]血液型偏見差別助長の次は県民性ステレオタイプの旗振りか 夕食後、某家族が、TBS系「決定全国47都道府県超ランキングバトル!!出身県で性格診断!?ニッポン県民性発表SP」という番組を面白そうに視ていた。 ごく一部しか視ていないし録画もしていないので番組全体を評価することはできないが、紹介サイトには プロデュ‐サーからのひとことと書かれてあり、また、県民性アンケートとはというところには とある。うーむ、どうかなあ。これって、一昨年にさんざん批判を浴びた血液型偏見差別番組と同じ発想じゃないか。要するに、血液型別にランキングをつけて娯楽番組化したことを、県民別に焼き直ししただけじゃないかなあ。 もちろん、それぞれの県には独自の風土があり、そこで生まれ育つことで何らかの影響を受ける。関東と関西の気質の違いも、全体の平均値で見れば有意差が出るだろう。この季節、雪国に住む人たちはジョギングを楽しむことができないし、雪下ろし、雪かきで多大な時間をとられる。一日の生活スタイルが異なれば当然、行動パターンも変わってくる。食べ物に関しても、雑煮の中味の違いもあれば、うどん、そば、ラーメンの好みの違い、日本酒と焼酎の好みの違いなどもある。それぞれの地域の伝統や文化について語ることは決して、県民性ステレオタイプとは言えない。 しかし、だからと言って、特定の県で生まれ育ったことで、性格や相性が決まるわけではない。「1万人」アンケートで「A県とB県では、A県のほうが統計的に有意に○○という傾向が高い」という結果が出たからといって、A県で生まれ育った一個人に「○○という傾向がある」という予測の精度が直ちに増すわけではない。 百歩譲って、ある種の行動傾向の予測ツールとして「県民性」が有用であると証拠づけられたとしても、偏見差別を助長するようなものであれば、純粋に学術レベルの研究にとどめるべきである。 血液型偏見差別番組批判でもさんざん述べたように、長所となる特徴のみをアピールしたからといって、差別を回避したことにはならない。例えば、「A県出身者は几帳面な人が多い」と主張することは、結果的に「A県出身者以外は几帳面な人が少ない」というネガティブなラベルづけをおこなうことになる。 いずれにせよ、懲りもせずに、相性診断を宣伝文句に使うところをみると、こういう番組の企画に加わった人たちは、おそらく、一昨年の血液型偏見差別番組が批判されたことについて何も反省していないのだろう。視聴率が上がれば、きっと同じネタを繰り返すだろう。雑学・国語力クイズ番組の乱立にも飽き飽きだが、2006年が県民性ステレオタイプ助長番組オンパレードの年とならないことを祈りたい。 |
【思ったこと】 _60209(木)[心理]韓国映画はよいが、血液型はちょっとねえ 21時すぎに夕食後の夫婦の散歩に出かけようとしたところ、ちょうど木曜洋画劇場で、リベラ・メという映画が始まるところだった。 先日上京した時には、「僕が9歳だったころ」という映画の中吊り広告を電車で見た。ふだん映画を観る機会が殆ど無い私ではあったが、冬ソナ病に罹って以来、韓国映画に関心を持つようになり、ヒマができれば直接映画館に行くか、レンタルDVDを通じて、ぜひ一度、韓国のすぐれた映画を観たいものだと思うこの頃である。 そんななか、上掲の「僕が9歳だったころ」の関連サイトをGoogleで検索していたところ、偶然、B型の彼氏 MY BOYFRIEND IS TYPE-Bという映画が上映中であることを知った。 映画の中味は面白そうだとは思うが、血液型ネタはどんなもんかなあ。 上掲の公式サイトの宣伝文には、
なお、上記の批判はあくまで、映画のタイトルや宣伝文に対するものである。映画自体は全く観ていないので、内容に血液型偏見・差別を助長するような台詞やキャラクタ設定があるのかどうかは私には分からない。 このことに関してネットで検索したところ、今日も明日も映画三昧(2006.1.26版)に、この映画の内容についてのリビューがあることが分かった。その中には、
であるならば、つまりストーリーやキャラクターの面白さで勝負するというのであれば、血液型レッテル貼りなど全く不要なはず。日本であれ、韓国であれ、血液型レッテル貼りをネタに金儲けをたくらむ商業主義に対しては断固として鉄槌を下す必要があると思う。 こちらの資料集や紀要論文に記しているように、私自身は、「血液型と性格」に関しては、
レベル1の血液型研究を進めること自体は私は反対しないが、どのような学術研究も価値中立ということはありえない点には留意しておく必要がある。 日本と韓国の関係を考える時には、とうぜん、過去の暗い歴史にも目を向ける必要がある。そのさい、韓国の人々には、「血液型と性格」研究が戦前どのようなニーズで進められてきたのかをもっと知ってほしいと思う。 血液型性格判断は、戦前の日本の医師たちや古川竹二の研究にそのルーツを求めることができるが、それらの研究の後押しをしたのは軍部であった。軍部は、侵略・植民地支配をより効果的に進めるために「血液型」研究を利用しようとしてきたのである。 戦前の「血液型ブーム」は、血液型提唱者がそれを意図したかどうかにかかわらず、当時の政治的背景のもとで注目を浴びていた。大村(1998)によれば、「血液型」研究の創始者の一人である古川竹二は1931年発行の『実業之日本』で 台湾原住民の反抗が激しい(当時台湾は日本の植民地だったので)。原住民にO者が多いからである。O型者は、がんらい、一般にきかぬ気で、しかも旺盛な精神力を持っている。そこでA型者の多い内地人(日本本土の住民〕との結婚を奨励して、遺伝的に彼らのなかにA型者を増加すれば、血縁につながる人情の美しさもあって、彼らはだんだん温和従順になってくるであろう。と主張していたという。おそらく、当時日本の支配下にあった韓国の人々に対しても同じような主張が行われたにちがいない。 余談だが、じつはテレビドラマ「冬のソナタ」の中にも、「血液型偏見」を助長するような台詞が一箇所だけ挿入されている。第四話で、ユジンがミニョンの運転する車に乗って、初めてスキー場に下見に行く時、ミニョンがユジンに「ユジンさん、あなたA型でしょう....」と話しかけるシーンである。もしかして、日本語版で脚色されているのではないかと思い、 ●「冬のソナタ」ノーカット完全盤DVDBOX 全話7枚組 韓国盤 の英語字幕をチェックしてみたが、英語字幕のほうでもミニョンがユジンに You're a type A, aren't you?と話しかけていることが分かった。ただし日本語版では、「やっぱりそうだ。当たっているから怒っているのでしょう」というような台詞で終わっているのに対し、英語の台詞では、ミニョンが「僕もA型なんですよ」というように続く。この部分がなぜ書き換えられたのかはよく分からない。また、なぜこの場面で血液型ネタが使われたのかも不明である。 [※2/9追記]↑の件については、別の連載、ユジンとチュンサンの血液型およびその続編で考察しました。 |