【長谷川芳典 (1996) バイク駐車の行動分析】
【日本心理学会第60回大会発表論文集】
【インターネットホームページ:http://www.okayama-u.ac.jp/user/le/psycho/member/hase/h0u.html転載】
本発表では、岡山大学構内におけるバイクの駐車行動の実態を記録し、違反車に対する注意書貼付(→所定駐車場以外に駐車したバイクに専用駐車場の利用を呼びかけるビラを貼り付ける)が駐車行動の改善(→違反駐車台数の減少及び専用駐車場の安定的利用の増加)にどのような効果を及ぼすか検討する。そして、この調査で用いた個体識別法の有効性を論じ、心理学研究におけるデータ収集方法を再考するための一資料を提示することを目的とするものである。
岡山大学の文・法・経3学部では、講義棟近くの自転車置き場や入り口付近にバイクを乗り入れることについて騒音及び交通安全上の問題が指摘され、講義棟から約200m離れたバイク専用駐車場の利用を促す対策について関連委員会で論じられている。今回問題とする注意書貼付はその1つとして提唱されたものであるが、その有効性についてはきっちりとした検証がなされていなかった。
今回の検討では、学内関連委員会の了承を得たうえで、車体番号(ナンバープレートの文字列)に基づいて各バイクの個体識別を行った。これによって、駐車台数の変化だけでは把握できないような個体レベルの変容を分析することができる。
方法
対象
岡山大学の文学部・法学部・経済学部構内の所定の区域内において、調査時間帯に駐車している全バイクを対象とした。
調査期間
1995年5月22日より1996年2月2日までの期間のうち72日分のデータを収集した。降雨日及び休業期間は除外した。
調査方法
原則として10:30または13:30から、調査者が所定区域を巡回し、駐車中のすべてのバイクの車体番号と駐車場所を記録した。所要時間は20〜30分程度であった。注意書貼付を実施する条件日(以下“介入”と呼ぶ)には、同時間帯に事務官が調査に加わり違反車の速度計もしくは座席前部にセロハンテープ(上下端2ヶ所)でB6版大の注意書を貼り付けた。
手続
調査は以下の6段階からなる。表1参照。
結果
各段階ごとに専用駐車場を利用したバイク(“正駐車”と呼ぶ)の比率及び台数の平均値を表1に示す。
表1
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調査回数 正駐車率
時期 段階 (介入回数) 種別 (台数)
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夏休み前 1 6( 0) ベースライン 21%(18台)
夏休み前 2 13(10) 介入 42%(26台)
夏休み後 3 14(12) 介入 44%(29台)
後期開始後 4 10( 0) ベースライン 43%(32台)
冬休み前 5 17( 6) 介入 45%(28台)
冬休み後 6 12( 1) 介入 45%(28台)
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Notes: ベースライン期は記録のみ。介入期は、()内の介入日数には注意書を貼付、他の日は記録のみ実施した。
第1段階では1日2回記録したが、ここでは午後のデータだけを示す。
第3段階の中で1回だけ、正駐車バイクに感謝状を貼り付ける介入を行ったが、 紙面の都合で、本発表では省略する。
次に個体レベルで把握した結果を示す。
72回の調査を通じて、のべ4913回の駐車が記録された。車体番号から同定された台数は623台であり、1台あたりの駐車回数の中央値は3.5回であった。
すべてのバイクの駐車パターンを次の7通りに分類することができた(分類基準の詳細は略す)。
@はじめからいつも専用駐車場を利用しており、介入がまったく必要な かったもの=52台(8.3%)
A1回または数回の介入後に正駐車をするようになったもの=28台 (4.4%)
B介入を無視し続けたもの=244台(39.2%、うち1度も正駐車をしな かったもの=138台(22%))
C違反をしたこともあるが、全く介入を受ける機会がなかったもの=54 台(8.7%)
D何回か介入ののちに正駐車をするようになったもの=10台(1.6%)
E複数回の駐車はあったものの、介入1回の後には記録がなく、効果の 有無が確認できなかったもの=19台(3.0%)
F期間中1回しか駐車がなかったもの=183台(正駐車73台、違反駐車 110台)
考察
表1によると、注意書の貼付を開始した第2段階以降では正駐車率や正駐車台数がベースライン期の第1段階より増加しており、介入の効果がある程度認められる。しかし第2段階以降最終段階までこれ以上の改善は認められない。全体的な数の推移だけを追う限りではこの原因を探ることはできない。
個体識別に基づく分析によると、介入の効果が認められたのは上記の結果のAとDだけであり、その比率は6.0%にすぎないことがわかった。
上記結果のC、E、Fは駐車記録が少ないために、介入の効果が確認できない。このようなバイクが全体の41%を占めていることが表1の第2段階以降でみられた“改善の頭打ち”の一因になっているものと考えられる。同じ日に何度も介入を行うか、あるいは必修授業などの場で別の形の説得活動を行う必要が示唆される。
介入を無視し続けた者(上記結果B)も高率であった。これらに対しては、必修授業などでねばり強く説得を続けるか、もしくはパーキングロックのようなより強硬な介入を行わない限り改善は期待できない。
事務的なレベルで社会的ジレンマに関わる調査を行う場合には、しばしば全体数(比率)の変化のみを問題にする傾向があるように思う。今回の検討結果は、このような調査において個体レベルの変容を把握することの意義と必要性を例示するものであると考える。
(はせがわ よしのり)