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自閉症児にコミュニケーションを教える指導法〜PECSと言語行動論〜


2006年7月7日(金)18:30〜20:00
法政大学・市ケ谷キャンパス、58年館5階6番教室
解説:島宗理・教授(法政大学文学部・心理学科)

目次
  1. (1)初めに
  2. (2)言語行動の定義
  3. (3)効果的なトレーニング法の開発
  4. (4)日常生活体験との対応は?


【思ったこと】
_60713(木)[心理]スキナーの言語行動論とPECSの活用(1)初めに

 高等教育セミナー参加のため上京していた7月7日の夜、

自閉症児にコミュニケーションを教える指導法 PECSと言語行動論
講師:Andy Bondy ,Ph.D 〔Pyramid Educational Consultants, Inc.〕

という特別講義があったので、永田町から千鳥ヶ淵、靖国神社経由で会場の法政大学まで歩いてみた。7月8日の日記に書いたように、法政大学は靖国神社と隣り合わせに位置していた。

 法政大学と言えば、日本で初めて民間の格付け会社から格付けを取得したことで知られている。もっとも、そのわりには建物が古く、また、学生食堂周辺には結構ゴミが散らかっていて、財政が健全という印象が持てなかった。会場となった教室はキャンパス内でも一番古い施設の1つであったようだ。郊外には別に広いキャンパスもあるようだが、狭くても都心には都心なりのメリットがあるものと思われる。

 さて講演では、まず、スキナーの著書『言語行動』:

Skinner, B. F. (1957). Verbal behavior. New Jersey: Prentice-Hall.

についての紹介があった。
  • この本は難解であること(←スキナーの英語は全般に難解だが)
  • スキナーの他の著作は実験的証拠を重ねながら展開されているのに対して、この本はむしろ、概念的枠組みを示したものであること
  • したがって、この本には、応用に役立つような具体的方法は記されていない。しかし、研究を進める上での指針として大切であること
などが指摘された。もっとも、スキナーの著作の中で、実験データに基づいて理論を積み上げたり、あるいはそれを基に数式を立てて何かを量的に予測するなどという研究はもともとそれほど多くはないように思う。


 続いて、その基本概念である、マンド、タクト、イントラバーバル、エコーイック、オートクリティックなどについて、事例を交えた解説があった。会場には、行動分析学会の元会長O先生を初め、S先生やY先生なども参加しておられたが、その一方、スキナーについては何も知らないという学生・大学院生も多数おられたようだ。公開講義という特殊事情もあり、基礎的な解説からスタートするのはやむを得ないことであったとは思うが、あれだけの短時間のなかでどれだけ理解してもらえたかどうかは不明である。

【思ったこと】
_60714(金)[心理]スキナーの言語行動論とPECSの活用(2)言語行動の定義

 講義ではまず、スキナーが言語行動をどう定義していたのかについて引用があった。(ページ数は原書

Skinner, B. F. (1957). Verbal behavior. New Jersey: Prentice-Hall

による。なおこの本は復刻版が出ており、今でも入手することができる。)
  • 他者の介在によって強化されている行動(p.2)
  • ...“聞き手”が話し手の行動をそのように強化するように、[言語共同体によって]、条件づけられている場合”(p.225)
 上記の定義は難解ではあるが、いくつかの重要な区別を可能にしている。

 まず、ここで定義されている「行動」は必ずしも発話に特定されていない。書き言葉はもちろん、ジェスチャー、カード交換なども、言語行動の定義を充たせる可能性を含んでいる。

 言語行動は、特定の先行条件(遮断化、嫌子出現、環境要因の一部、他者の言語行動、自己の言語行動)および、後続する結果(遮断化の程度の変化、嫌子の出現や消失、教育として与える結果、あるいは社会的に与えられる結果)を含めて、いわゆるABC(Antecedent→Behavior→Consequence)のダイアグラムで理解していく必要がある【訳および表現は長谷川のほうで適宜変更した】。

 余談だが、日記才人でおなじみの堀内さんの日記(7/13付)で、最近刊行された訳書

『動物感覚〜アニマル・マインドを読み解く』(テンプル・グランディン他/日本放送出版協会、ISBN:4140811153、\3,360)

が紹介されていた。さっそく注文。今回の特別講義は自閉症理解を目的としたものであり、いろいろな点で参考になりそうだ。

【思ったこと】
_60717(月)[心理]スキナーの言語行動論とPECSの活用(3)効果的なトレーニング法の開発

 講義では、言語行動の定義に引き続いて、「マンド」、「タクト」、「イントラバーバル」、「エコーイック」などについての詳細な解説が行われた。これらの内容は、行動分析学の関連書、例えば、

●杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・マロット・マロット(1998). 行動分析学入門. 産業図書.

あるいはより専門的な解説書として

●日本行動分析学会編(代表・浅野俊夫) (2001). ことばと行動 言語の基礎から臨床まで. ブレーン出版.

などが刊行されているので、そちらをご参照いただきたい。

 なお、現実場面では、単独の制御要因だけで「マンド」や「タクト」が「純粋に」生じるということは少ない。

 例えば、喉が渇いている時に「水」と叫ぶのはマンドであるが、現実場面では、例えば、コーラが目の前に置かれているのを見て「コーラが飲みたい」と言う。この場合、「飲みたい」というマンドに加えて、飲みたい物を特定しているので、「マンド/タクト」という多重の(impureな)オペラントが発せられることになる。

 同じく、「何が欲しい?」と訊かれた時に限って、欲しい物の名前を言うというのは、単なるマンドではない。「何が欲しい?」という言語刺激が先行しているので、イントラバーバルを含んでいる。但し、純粋なイントラバーバル(「1,2,3」と聞いて「4」と答えるような場合)と異なり、欲しい物が手に入れているので「マンド」にもなっており、「イントラバーバル/マンド」に分類される。

 ではそもそも、なぜ、「マンド」や「タクト」というように、言語行動を機能的に分類したり、多重制御に注目する必要があるのかということになるが、これは、おそらく、コミュニケーションというものが、話者と聞き手との相互強化の中で形成・維持されるものであること、従って、それぞれの言語反応がどういう先行条件のもとで発せられどのように強化されていくのかを分類した上で、段階を追ってトレーニングを重ねていくことが望ましく、また最も効率的であるという考えに立っているためであると考えられる。

 自閉症児の場合、欲しい物が何か、あるいは自分がいまどういう状態にあるのかを適確に伝えられないことが多い。そこで、まず、タクトやマンドの中で起こりやすい反応を強化し、さらに、そこに、多重制御を加えて、別の形で制御される反応を起こりやすくしていく。最後には、補助的に付加していた制御要因を外して、単独で別の反応が起こるように移行させる、というステップを計画的に実施すれば、ただ行き当たりばったりにコミュニケーションを試みるよりも効率的で大きな成果が期待できるだろう。





 講演レジュメによれば、これまでのコミュニケーション訓練プログラムで用いられることの多かった指導順序は
  1. 先習行動 (Prerequisities)
  2. エコーイック
  3. イントラバーバル/エコーイック/タクト
  4. イントラバーバル/タクト
  5. タクト
  6. イントラバーバル/エコーイック/マンド/タクト
  7. イントラバーバル/マンド/タクト
  8. マンド/タクト
  9. マンド
 となっていた。しかし、この訓練では、「欲しい」というマンドに至るプロセスが長すぎて、ストレスフルになりやすい。それに対して、PECSでは
  1. マンド/タクト
  2. マンド
  3. イントラバーバル/マンド
  4. イントラバーバル/タクト
  5. タクト
というように初期の段階からマンドが導入されるため、短期間で大きな成果が得られるということのようだ。

【思ったこと】
_60718(月)[心理]スキナーの言語行動論とPECSの活用(4)日常生活体験との対応は?
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 今回紹介されたトレーニングは、自閉症児が、自分をとりまく状況や文脈に応じて、適切にマンドやタクトを自発し、他者との適切なコミュニケーションがとれるようになることを目的としたものであると理解した。

 トレーニングは、もっぱら「適切な言語反応を増やす」ことを目ざしているように思われたが、例えば、独り言や、状況・文脈と無関係に叫び声をあげるといった行動にどう対処していくのかについては、講演を伺った限りではよく分からなかった。

 またトレーニングは、理論上は、自動車学校の教習と同じようにいくつかの段階をクリアする形で実施されているように見えたが、現実の日常生活では、マンドやタクトが必要な場合もあれば、イントラバーバルだけということも起こりうる。言語行動が
...“聞き手”が話し手の行動をそのように強化するように、[言語共同体によって]、条件づけられている場合”(p.225)
という定義されている以上、対象児をとりまく言語共同体をどう構築するのか、そのこととトレーニングをどうリンクさせるのかも知りたいところであった。

 さらに、多種多様なマンドやタクトが発せられるためには、豊富で多様な体験が必要である。草花、昆虫、動物などは、カードに描かれた絵ではなく、実際に五感で受け止めて初めて言語化の対象となるべきものである。となると、多様な体験とセットにした、関心空間&言語リパートリー拡大が求められるはずである。

 なお、今回の講演者のWebサイトがhttp://www.pecs.com/にある。今後も学んでいきたいと思う。