小6殺害・遺体切断事件の犯人像をめぐる容疑者逮捕前の推理と、逮捕後の解釈
1997年6月29日更新
※文中、『じぶん更新日記』、『スクラップブック』とあるのは、長谷川のWeb日記からの一部引用であることを示します。
※『スクラップブック』で引用されている新聞記事は、断り書きがない限り、すべて朝日新聞から引用したものです(朝日新聞に限られているのは、たまたま自宅で講読しているため)。
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[心理]犯人推理、当てにならない“専門家”/じぶん更新日記
何かの犯罪が起こると、マスコミはこぞって精神科医や心理学者や推理小説家の解説を求める。しかし、シャーロックホームズが実在していたならともかく、そんなに正確に推理できるわけがない。解説がもっともらしく聞こえるのは、犯人が捕まってからのこじつけにだまされているためである。
このトリックの仕組みは、次のような手品師の事例で理解できる。ここに、1、2、3の数字が書いてある3枚のカードがあったとする。手品師は、1のカードを左上のポケットに、2のカードを右下のポケットに、3のカードをズボンの後ろのポケットに、予め隠しておく。そして、観客の1人に、「1〜3の数字のうちどれか1つを思い浮かべてください。それは、どの数字でしたか?」と聞く。もし、観客が「2です」と答えたら、右下のポケットを指さし、ここに私の予想したカードがあるので取り出してください、という。もちろん、そのカードには大きく「2」と書いてある。それで、観客は、手品師が、読心術ができるものだと錯覚してしまうのである。
しかし、こういう「推理」は、事実がすべてわかってからのこじつけにすぎない。犯罪事件に関して言えば、犯人が捕まる前に、その正体を細かく推理できてこそ、本物の「説明」と言える。
かつての幼女連続殺人事件の時に、“今田勇子”の名前の“告白文”が送りつけられてきたことがあった。まだM容疑者が捕まっていない段階で、この今田勇子の犯人像を推理した資料がある。この段階では、こじつけができないので、結果的には事実と無関係であったような予測がいっぱい生まれてくる。以下は、著名な精神科医、犯罪心理学者、推理小説家などが、犯人が捕まっていない段階で推理した内容の抜粋である。如何に、いいかげんな推理をしているかがわかる。
- 男性や子供のある女性には分からない心理描写もある。女性と偽って五千字もの文章は書けない(某私立大学有名教授・ 犯罪心理学)。
- 女性の確率が高いと思う。内容を見ても、普通の男性があんなに女性らしく書くのは難しい(某有名推理作家)。
- 犯人は自分のことを理解して欲しいと思っている手紙の文面に近い女性なのではないかという気がする(某国立大学
有名 教授・心理学)。
- 告白文に書かれた子供に対する感情は、作家の目から見て、男には書けない真に迫ったもので、犯人は間違いなく女性だz(某有名推理作家)。
- 女性の心の奥から吹き出したものを感じた。○○ちゃん(被害者名)に自分のことを『おばちゃん』とすんなり言えた点などから、出産経験だけはある三十代の女性というイメージも浮かぶ(某有名推理作家)。
- (いずれも、『幼女連続殺人事件を読む』JICC出版局 1989年より引用)。
きょうのテレビ欄を見たら、午前中の奥様向け番組の話題の大部分が小6殺人事件に関するものであった。新たな犯行の防止や犯人逮捕に結びつく情報提供であれば大いに結構であるが、上記のような、“専門家”による根拠に乏しい「推理」で視聴率を稼ぐような取り組みであるのなら止めてもらいたいところだ。
6月7日(土)/スクラップブック
◆(佐竹秀雄・武庫川女子大文化研究所長)三十代、孤独、見えっ張り、そこそこの読書体験を積んでいて、文章を書き慣れている人物...。/自分の中にもうひとつの自分をつくっている多重人格的な姿が強く出た文章でもある。/[「・・・・・のである」がひんぱんに出てくるが]彼の世界を外にうまく説明しきれないもどかしさ、もっと言えば、非現実的な彼の内なる世界への理解を強要する執拗さが「のである」に濃く出ていると見る。裏返せば、彼の世間と世間との断絶を象徴している部分だ。/三十代の人物と推定するのは、一九八〇年代初めに「ポパイ」などの若者雑誌で流行した「新言文一致体」の影響を受けているように思えるからだ。/一方で、「性」(さが)といった最近の十−二十代の若者があまり使わない表現もある。/漫画、劇画、アニメも含めて読書体験を積んでいるほうだろう。例えば日記などを日常生活で書き慣れているタイプの人物にも見える。◆(井上敏明・六甲カウンセリング研究所長)「国籍がない」「背負っていた重荷」などの表現は、過去に何らかの差別を受けてきたことを物語っている。/「透明な存在」という言葉が示すのは、まさに学校や社会に透明にさせられ、存在するのに注目されない犯人の境遇だ。/犯人のイメージの中では、大きな仕事をしたのにマスコミが認めてくれないという思いがあるのではないか。◆(評論家の芹沢俊介氏)「国籍がない」という部分と「義務教育への復讐」に触れた部分からは、国家や学校というものから一貫して疎外され、いためつけられてきた存在が浮かぶ。強い被害者意識が、攻撃性に添加したのではないか。
6月9日(月)/スクラップブック
神戸新聞社に送りつけられてきた「犯行声明文」の記述には、人気漫画のタイトルや映画のせりふなどの模倣とみられる表現が数多くちりばめられていた。特に挑戦状は刺激的な言葉の殆どが引用だった可能性が高い。◆「積年の大怨に流血の裁きを」とそっくりの表現が、『少年ジャンプ』で連載された『瑪羅門の家族』の中にある。「大怨」という言葉は、広辞苑などの辞書にも載っておらず、この漫画をまねた可能性が高い。◆(和久峻三さん)犯人は一見二十代のようにも思えるが、今は若者文化と中高年文化が同一化し、『いい年をして』という言葉は通じない。....もっと年は上だろう。
6月10日(火)/スクラップブック
小6殺人事件、赤い色にカギ?(朝日新聞)
挑戦状は、最後の2行を除いて赤い文字。神戸新聞社あての声明文も、赤の水性ペンで約1300字がびっしりと書かれていた。声明文を入れた封筒には、流通量の少ない赤い粘着テープがあえて使われていた。犯行に関連のある歩行者専用歩道は赤い塗料を混ぜたアスファルトで舗装されている。◆(日本色彩学会会長・日本福祉大の秋田宗平教授、色彩心理学)赤色には、強い嫉妬や攻撃の念が読みとれる。犯人が常軌を逸して赤に執着しているとすれば、幼少時代からいじめに遭い、守ってくれる人のいない環境で育った人物が他人をねたみ、社会や教育に反撃したい気持ちを秘めたまま成長したなどの状況が想像できる。/感情を盛り上げたい時にも赤を求める傾向がある。赤い文字で長文を書くことで、自らを犯行に駆り立てようとしているとも考えられる。/欧米の言語で赤を表す言葉の語源をたどると多くは「血」に行き着く。「死」を想像させる色でもある。殺人という一線を踏み越えた犯人の心理状態に最も合う色なのだろう。赤への執着心は社会全体への「敵意」とも受けとれる。
6月13日(金)/スクラップブック
国内プロファイリング(犯人像のデッサン)の第一人者とも言える景山任佐(じんすけ)東京工大教授(犯罪精神医学)による推理。◆犠牲者の行動パターンを知る顔見知りである。◆錠が簡単に壊れる材質であることを知る人は少ない。遺体切断に使った凶器の特定も犯人像を描く有力な手がかりだ。犯行声明文の文章の理屈っぽさから、理科系の教育を受けた人間が想定できる。◆週休2日で規則的な勤務についている。/学校の正門に頭部を置いて、その後いったん自宅で着替えをして職場に向かったとしても間に合う、現場から1時間ほどの通勤圏で働いていると思われる。/犯人は友が丘中学と何らかの接点があったと考えられる。◆その他:年齢は33歳±5歳の男性で国籍不明。現場近くに暮らしているか、何らかの土地勘がある。身長170cm以上。独身で1人住まいか、独身で親と同居。深い挫折、喪失体験があって社会の中で抑圧されたという思いの深い人物。
6月25日(水)/スクラップブック
◆(江戸川乱歩賞作家で弁護士の中嶋博行さん)声明文では「三つの野菜を壊します」の部分だけ「です・ます調」にしていた。これは不気味さ、残虐さを出すための効果を計算してのことだろう。文章の組立も論理的なことから、高い教育を受けていると思う。/早朝に行動しても怪しまれない環境にいる。独身か、家庭があっても崩壊している。◆(作家の笹沢左保さん)年代は三十歳代と思う。十代や二十代の若者では、声明文にあった「銜(くわ)える」などの感じを使おうという発想を持たないだろうし、逆にあえてこの漢字を使ったところに若さが抜けない三十代ならではの背伸びを感じるからだ。◆「グリコ・森永事件」で関西取材も多かった小林久三さん)単独犯人説が強いが、私はあえて知的レベルの高い複数犯と考える。/...人見知りする**君を誘拐できたのは、警戒心を抱かれにくい女性がかかわっていたからだろう。頭部を正門に置いた男性、声明文を書いた男性、そして女性と犯人グループは少なくとも三人いるはずだ。犯行声明文に関西弁が出ないのは、作者が関西人ではないからだ。
6月27日(金)/スクラップブック
(国語学者の大鹿薫久・関西学院大教授と半沢幹一・共立女子大助教授による分析)◆書き言葉を多用しながら、口語が混じっている-->「口語の混入は情緒の不安定さを感じさせる」(大鹿氏)。「自分の教養レベルが高いと見せたかっただけではないか」(半沢氏)◆抽象表現が突然出てくる点:「他人に自分の思いを伝えたいのなら、言葉の意味の説明を添えるのが普通だが、自分本位の言葉遣いで人間関係の希薄さを感じさせる」(大鹿氏)◆『ボクが存在した瞬間からその名がついており』:本来は「この」を使うべき部分。「存在」は「出現」でないと意味が通じない。◆方言のにおいはあまりしない。大阪では話し言葉でも書き言葉でも、「出て(い)る」、「して(い)る」の「い」は省きがちであるが、ここでは最後まで省かれていない。ここから、ふだん「してる」の代わりに「しとう」という方言を使う、神戸出身の20歳代後半以上の人と推察できる。◆急に警察への挑戦的な文言がはさまれており、文末の「三つの野菜を壊します」と、文末の「である」調が崩れている:「犯人の興奮と動揺が伝わってくる」(大鹿氏)
6/28夕刻、容疑者の中3逮捕
6月29日(日)/スクラップブック
◆(小説家の高村薫氏)頭はいいが成績は思わしくなく、受験という現実の壁にぶちあたっていたのではないか。◆(井上敏明・六甲カウンセリング研究所長)容疑者は20歳前後の若者ではないかと思っていた。バーチャルリアリティー時代を反映し、若者の中で、現実に仮想が入り込む人格障害が増えている。その一種だろうか。しかし、本当に中学生の犯行なのだろうか。◆(小林剛・武庫川女子大教授・非行臨床)いまの時代、自己コントロール能力や規範意識が低下している青少年が増えているが、今回は容疑者の中学生が育ちの過程か、義務教育の場で、何らかの深刻な恨み体験がひどく屈折して現れたと見るべきだろう。...うっ積した恨みを、社会に対して鋭角的にアピールしたかったのではないか。◆(推理作家の黒川博行氏)中学生には残虐すぎる犯行のように見えるが、人の死というものにリアリティーがない中学生だからこそ、なし得た犯行ではないか。劇画やアニメに接しすぎて、さも簡単に人の首が切れるような錯覚に陥り、最後まで良心に歯止めがかからなかったのではないか。◆(佐竹秀雄・武庫川女子大教授・国語学)...少なくとも二十代後半と考えていただけに、容疑者が中学三年生とは信じられない。連続幼女殺害事件の被告と読み比べてもレベルは上だと考えていた。サイコミステリーや漫画など超常現象が書かれたものを相当読み込んでいたのだろう。よほど実生活に大きな障害があったとしか考えられない。◆(岩井弘融・東洋大名誉教授・社会心理学)事件後、いくつかの容疑者像が想定されたが、結果として学校に恨みを持ち、土地勘がある青少年ではないかという事件当初に考えられた容疑者像と一致した。