【思ったこと】
980108(木) [生活]息子の受験を控えた親の心構え 息子の中学受験が10日あまり後に迫ったが、中学受験という気楽さもあって、いっこうに緊張感が見られない。今年の正月なども、もっぱらコンピュータのゲーム作り(「Flappy95」のマップエディタで新しい面を作る)に熱中し、それに飽きたらず、自分で攻略本まで著したほどだ。きょうも、19時前に家に戻ったらファミコンに夢中になっていた。そこで思わず「10日後に受験なんだから、もうちょっと緊張しろ」と言ってしまった。 夕食後、妻が小声で、「ねえ、あなた。○○(息子の名前)は、とっても緊張しているのよ。そんなこと言わないで!」と言って、塾から配布された「親の心構え」の資料を読めという。それには、 ...「...もうすぐ試験なんだからね。ほんとのもう愚図なんだから!」と書かれてあった。なにやら、私のために書いてあるような...。 この資料には、「不合格」を知った時の親の心構えというのも書いてあった。見出しは「『不合格』を知ったとき、どう対処するかで親の価値がわかる」となっており、興味深いのは、その後半で、 ....このあたりは恋愛と似ているのかもしれません。あなたがいくら愛していても、相手がどう思うかは別の話といったところ。また、失恋の痛手を経験しておいた方がよりすばらしい恋愛を経験できるといったところ。人間、たくさん失敗しながら、たくさん失恋しながら、大きくなってきたのですね。「失恋」も「不合格」も大切な経験です。..... うーむ。受験の失敗と失恋とがどのていど同列に論じられるのか多少疑問が残るが、「わかりやすい理屈」であることは間違いない。 受験の話題が出たついでに、ちょっとだけ受験勉強について考えてみたい。 受験勉強というのは確かに多くの弊害をもたらす。ただ、だからといって、全く競争を無くしてしまって、ポジティブな強化と「知識を得る喜び」だけでどこまで勉強が進むかどうか、あんまり自信がない。学問も、ある程度レベルが進めば知る喜びだけで熱中できるようになるが、基礎を身につける段階の勉強はもともとそんなに楽しいものとは思えない。 行動分析学の創始者のスキナーは「ポジティブな強化だけで構成される社会」を理想の社会と考えていたようだが、どうも生物というのは、それだけでは物事を一生懸命やらない習性があるような気がする。例えば、締め切りが一年以上も先にあるような出版の仕事を軌道に乗せるためには、「1ページ書いたら好きなテレビを1時間見てもよいことにしよう」というようなポジティブな決まりを作ってもなかなか思うようには進まない。なぜなら、仮に1ページ書かなくても失うものが何もないからだ。そういう時は「もし1ページ書かなかったら自分の嫌いな宗教団体に1000円を寄附する」というルールのほうが効果があると言われる。後者の場合には、書かなければ確実に失うものがある。書くことによってかろうじて「失うという結果」を阻止できるのである。人間も動物一般も、よほど熱中できるものを見つけ出さない限り、「失うものを阻止する」という行動随伴性以外には物事に真剣に関われないところがあるのかもしれない。 世の中に競争というものがあり、それがある程度、生産や科学の進歩に貢献し、かつ切磋琢磨に貢献しているとするならば、受験競争だけを悪と決めつけ、オリンピックの競技や大相撲の取り組みに声援を送るのは一貫性がないような気もしてくる。 スポーツ競技がポジティブ、受験競争がマイナスのイメージを与えているのは、おそらく ちなみに、私がいちばん最初に受験した学校は、東京の麻○中であった。結果は見事に不合格であった。 |
【ちょっと思ったこと】
|
【新しく知ったこと/リンク情報(翌日朝まで)】 |
【生活記録(翌日朝まで)】 |
【家族の出来事】
今日の日記の内容は家族には評判がよくない。さっきから息子が「家族にも見せられないようなことを書くなよなあ」と叫びまわっている。娘も時折ディスプレイを覗き込んで「シツレン」、「フゴウカク」などと大きい声で読み上げる。小3でもシツレンという読みを習っているのかなあ。 |
【スクラップブック(翌日朝まで)】
※“..”は原文そのまま。他は長谷川による要約メモ。【 】は長谷川によるコメント。誤記もありうるので、言及される場合は必ず元記事を確認してください。
|