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昨日の日記

3月11日(水)

【思ったこと】

980311(水)
[一般]言葉と文化、どっちが先か(その9)Basic EnglishとBasic Japanese(?):「もつ」「とる」「ある」「いる」

 昨日の日記の続き。きょうは、基本動詞について「Basic English」と日本語を対応させながら考えてみたい。

 Ogdenの著書や日本語の入門書には、三角帽子をかぶったピエロの絵が描かれているものがある。そこには全部で13種類の基本動詞の役割が示されている。まず、紙から三角帽子を作るのがmake、帽子を与えるのがgive、逆に貰うのがget、帽子を手に持つのがhave、その状態に保つのがkeep、頭に置くのがput、逆に外すのがtake、放すのがlet(the hat go)、その人間が行くのがgo、来るのがcome、その動作をしているのがbe(doing)、しているらしいのがseem(to be doing)、となっている。そして、それら動作全体を包括する動詞がdoとなる。絵にはないが、send、sayなども「基本動作語operation」に分類されている。視聴覚のうち「see」は基本動作語であるが、「hear」はBasicには含まれず、代わりに「hearing」という名詞形を使うことになっている。このほか、一般事物、絵に描ける事物、一般的な性質、その反対語というように分類されている。

 これらの語句のすべてを吟味する余裕は到底ない。ただ、もし基本動作語が本当に「基本」であるならば、他の言語にも共通する動詞が必ずあるはずだろう。
 日本語の基本動作語の候補として考えられるのは、「する」、「ある」、「いる」、「もつ」、「とる」、「える」、「なる」、「やる」、「おく」、「いく」、「くる」、..などだろうか。だいたい一致しているようにも思えるが、必ずしも一対一には対応していないようだ。

 このうち、「日持ちする」、「気持ち」などを含む広義の「もつ」は、英語のhaveに非常に近いように思えるが。使役や義務(have to)、完了形に用いることはなさそうだ。部分的にはkeepの意味を含むようにも思える。

 「get」が正しく使えるようになれば英語の達人だなとと聞いたことがあるが(真偽は不明)、これに対応する日本語は何だろうか。「える」であるような気もするが、もっとピッタリな語を忘れているようにも思える。

 このシリーズで「所有表現」に関する動詞を取り上げたことがあるが、日本語詞で面白いと思うのが「とる」であろう。漢字にすると「取る」、「撮る」、「捕る」、「採る」、「執る」、「盗る」、「摂る」、「獲る」となり、狩猟や漁業(獲る)、農業(採る)から泥棒(盗る)に至るまで、無所有から所有に至る変化を表す動詞が同じ言葉で表現されている。「とる」ことの社会的妥当性が次第にルール化され、意味が分化していった表れではないかと思う。
 
 英語のbe動詞と日本語比較して面白いと思うのは、存在を示す「ある」が動詞で、非存在を示す「ない」が形容詞になっているという点だ。日本語では活用形だけから品詞の分類がされてしまうので、これは致し方ないことかもしれないが、なぜ存在否定形の動詞がないのかについては、国語の授業では一度も教わらなかった。いくつか書棚をあたってみたところ『日本語相談 三』(大野晋・丸谷才一・大岡信・井上ひさし, 1990年, 朝日新聞社)の115頁に、まさにその疑問に対する説明があった。それによれば(回答者は、大野晋氏)、
日本語では「ある」ことは、根源的には「出現する」という時間的な動きによってとらえ、「ない」ことは、「存在否定の静止的状態である」ととらえたのだと思われます。だから「ある」は動詞に属し、「ない」は形容詞に属しているわけでしょう。

 英語のbe動詞と比較してもうひとつ面白いのは、「ある」と「いる」の違いであろう。上掲の大野氏の説明によれば、「ある」は「自然に出現して、その結果そこに存在する」という意味だそうだ。「いる」についての直接の説明は見あたらなかったが(但し2巻は手元になかった)、別の頁に、「〜てある」と「〜ている」についての説明があり(回答者は、同じく大野氏)
  • 「〜テアル」は他動詞の後にしか付かない。対象に働きかけた動作の結果がそのまま状態として残っていることを示す。
  • 「他動詞+テイル」は、現在その動作をしている人の動作が進行中で持続していることを示す。
  • 「生物の動作、自然の作用を表す自動詞+テイル」は、その動作作用が進行し持続していることを表す。
  • 「自然的に成り行きを表現する自動詞+テイル」は、成り行きの結果がそのまま現在残っていることを表す。
「ある」、「ない」の説明と、上記の「〜てある」「〜ている」の区別の説明は若干矛盾しているような気がしないでもないが、いずれにせよ、この微妙な使い分けが英語のbe動詞の用法と一対一に対応していないことが、日本人が英語を不得意とする一因になっているように思える。

<補足>上記の「テイル」に関連するが、同じ大野氏の解説の中に、方言によって「〜ヨル」(例:雨が降りヨル)、「〜トル」(例:雨が降っトル)という区別があると書かれている。北九州在住の義父母はよくこの表現を使うが、大野氏によれば、前者は降雨中、後者は庭石が塗れているのを見たことなどによる結果判断だそうだ。東京で育った私には、この微妙なニュアンスの区別ができない。
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