7月9日(木)
【思ったこと】
980709(木)[日記]Web日記:この機会に考えを述べる(前編)
昨日の日記で述べたように、Web日記については過去にさまざまな考えを述べており、マスコミから取材を受けたとしても、そのために時間をかけて個別に返事を書くことはしない。たぶん、「個別にはお答えできません。更なる回答の必要を感じた場合は、ご質問のオリジナリティを暴露しない範囲でWeb日記にお答えしますので、必要があれば『長谷川氏は○月○日のWeb日記で〜と指摘している』というようかたちで引用してください」と返答することになるだろう。
で、多少過去に書いたことと重複することにはなるが、赤尾さんが御自分の御意見を表明されたことでもあるし(ご意見はこちらにあり)、これを機会に、私なりに考えたことをここに記しておきたいと思う。取材を申し込まれた新聞社はもちろん、別の新聞社であっても、個々人の日記作者の方であっても、引用はご自由にどうぞ。営利目的でない限りは転載もご自由に。引用されるほど価値のあるものとうぬぼれているわけではないけれど...。なお、昨年6月から7月にかけて、この話題について連載記事を書いているので、合わせてご参照いただければ幸いだ。一部考えが変わっているところもある。
「日記」の定義、「Web日記の定義」
- 「日記」という名前がついていることで「Web日記」を「日記」と比較対照して考えがちであるが、私はまったく別物だと思う。「Web日記」は、頻繁に更新される個人のホームページ。日記帳に書く「日記」は、一部の文芸作品を除けば、個人が出来事、感想、考えなどを記していくものである。
- 「Web日記」においては、個人の何らかの考えや気持ち、外界との関わりが記述される必要がある。気象衛星から送られてくる画像も、ライブカメラ映像も頻繁には更新されるけれど、個人と関与が記録されていないのでWeb日記とは言えない。自分の体重の推移の記録のようなものは、ダイエットのための努力が反映されているならば立派なWeb日記ということになる。
- Web日記の大部分は、個人のホームページが進化したものではないか。その更新形態が日常化したものを「Web日記」と呼んでいるだけのことだ。「日記」という文字が重なっているというだけで、日記帳に書く日記がWeb日記に変化・発展したなどと考えるのは単純すぎる。
- 日記帳に日記をつけていた人がWeb日記に転じたという事例はあまり聞いたことが無い。もしおられたら、ぜひこちらまでお教えいただきたいと思う。私的日記帳に日記を書くことで生活が満たされている人は、わざわざWeb日記など始めないと思う。
- 日記作者のことを、私生活を不特定多数に晒す露出狂や自己顕示欲のかたまりのようにとらえるマスコミもあるけれど、それらは、「日記」という字づらの共通性にこじつけて読者のウケをねらっただけにすぎない。だからこそ、取材をする以上は、実際のWeb日記をもっと読んでからにしてもらいたいと言っているのだ。
誰のために書くか
- これは作者によって多種多様であると思う。基本的に自分だけのために書く人もいるし(衆人環視の中で、目標達成のための行動をサボらないようにプレッシャーをかけることだけを目的として公開する)、逆に、明確に読者を意識して「読み物」として推敲を重ねる人もいるだろう。
- 私自身は基本的には「じぶんの更新」が目的であるから、「じぶんのため」に書いていることになる。もちろん、公開している以上、不十分ながら読み手の方への配慮をしていることは確か。ただ、例えば日記猿人の得票数を増やすためにウケそうなテーマだけを取り上げることはしない。
- 得票ランキングに参加しているのは、扱ったテーマや主張にどれだけ関心をもっていただいたのかという1つの指標として。もちろんそれによって励まされることもありがたく思う。ただ、自分がその日にどうしても書いておきたいことがあれば、それがどんなに特殊な内容であっても、それによって得票がゼロになろうとも、他のテーマに切り替えることはしない。
日記を書き続ける動機付け(例えば義務感とか、執筆欲とか)
- まず初めに言っておくが、「動機づけ」は心理学の概念としてはきわめて曖昧。未だにそれを使っている心理学者が居ることは確かだけれども、それは研究対象の呼称を表す記述概念としてのみ用いるべきであって、説明概念にはなり得ない。行動分析学では、「強化」と「確立操作」に分けて論じられている。「義務感」とか「執筆欲」というときの「感」や「欲」も妥当な説明概念にはなりえない。
- Web日記執筆が維持されている強化因には、行動内在性のものと付加的なものがある。但し、それぞれの強化因がどの程度関与しているかは、執筆者によってマチマチであり一概には論じられない。
- 行動内在性の強化因とは、日記を執筆することに必然的に伴う結果。例えば、それによって自分の考えが明確化してくるとか、日頃気づかない感動が生まれるとか、過去ログ参照で重要なことがすぐに思い出せるとか、日常生活の自己点検になる、など。
- 付加的な強化因とは、日記執筆行動に対して第三者が付加する結果。励ましのメイルをもらうとか、他の日記でとりあげられるとか、日記猿人で高得票を得るとか、ReadMeやネットアイなどのランキングで上位になる、など。
- 付加的な強化因があまりにも強く働きすぎると、自分で自分の日記をリロードしてアクセス数を増やすとか、他の上位者に嫌がらせをするといった行動が出てくる。日記猿人では、思わせぶりの一行コメントを書くとか、一日なんども空更新報告をするといった、本末転倒の行動が生じてくることになる。
- 人様のことをとやかく言うつもりは無いけれど、日記執筆は本来、行動に内在する強化因(=行動内在性好子)によって強化されていくべきであろうと思う。もちろん、付加的といっても、読者からの建設的なアドバイスや励ましが、内在性好子以上に有意義な結果をもたらす場合もあるけれど...。
- 上記2種類の強化子が多数随伴していたとしても、本業が忙しかったり体調が悪いと執筆が続けられなくなる場合がある。その時、ときとして「継続を断つ」ことが嫌悪的な結果をもたらす場合がある。ランキング上位の人の場合には、執筆をやめれば順位が下がる。こういう時に「好子(=ランキング上位の状態)消失阻止」とか「嫌子出現阻止」の随伴性で執筆を継続しようとすると義務感が生じることになる。
時間が無いので、「プライバシー」、「匿名性」、「他の日記を読むこと」、「日記数の増加の原因」などについては、明日以降に続く。
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【ちょっと思ったこと】
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【新しく知ったこと】
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【リンク情報】
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【生活記録】
- NHK教育テレビで栗鼠蔵ファミリーの日記が紹介された。昼休みに自宅アパートで昼食をとりながら、妻と一緒にこの番組を見る。妻は、放映中はニタニタしていたが、終わってから私のほうをジロリと睨む。しかし特段の苦情は出なかった。夜になってから、ファミリー日記の過去ログを念入りに検閲していたが、こちらも削除要請は無し。安心安心。
- 7/9のイリジウム衛星:息子を塾に迎えに行った帰りに、180号線を西に向かう途中で(清心町→旧西警察署)正面低い位置に明るい星が移動し、すーぅぅっと消えていくのが見えた。予報から見て、イリジウム63号[21:54:12、光度 -2、高度14度、方位256ー (W )]であると思われる。
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【家族の出来事】
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【スクラップブック(翌日朝まで、“ ”部分は原文そのまま。他は長谷川による要約。【 】部分は簡単なコメント。)】
- 台風1号が9日15時頃にようやく発生。1951年の統計開始以来、最も遅い記録。
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