「やる気を出す」とはどういうことか

  1. 「やる気」とトートロジー。万能な「やる気」より具体的な行動についての「やる気」を考えよう。
    • 頑張っている人を「やる気がある」、怠けている人を「やる気が無い」というのは簡単。しかし、それは、その人の状態を記録しているにすぎない。勉強をしていない人に「やる気が無いから勉強していないのだ」というのは、真夏の暑い日に「温度が35度だから暑いのだ」というようなもので真の説明にはなっていない。
    • 「健康」、「楽観」、「自信」などは、どんな行動にも通用する万能な「やる気」の源となるであろうが、それが効果を発揮するのは「やる気」全体の10%にも満たない。
    • TVゲームに熱中している人は、TVゲームを「やる気」があると言えるが、同じように、勉強に対してやる気があるとは限らない。スポーツと勉強の関係も同様。もっと個別的・具体的な行動について、どうしたらその行動を起こりやすくできるかを考えていかなければならない。
  2. 行動が起こりやすいのはどういう時か《ここはざっと説明する》
    • 山奥の村でイノシシを捕まえる行動がどういう時に起こりやすいかを考えてみよう。
    • 行動を起こりやすくする方法は一般に「動機づけ」と呼ばれるがこれは曖昧。
    • イノシシを捕まえる行動に熱中している人は「やる気」があるとか「動機づけされている」と言うが実際には、以下のような可能性がある。
      • 一般的活動性(健康であること、足腰の強さ、疲労などによる影響を考える)
      • 行動随伴性(捕まえようとする行動に、どういう結果が伴なっているか考える)
        • 結果の性質
          • イノシシを捕まえると高く売れる(←付加的随伴性)
          • イノシシは美味しい(←行動内在的随伴性)
          • イノシシを捕まえるために体を動かしたり工夫をしたりするのは楽しい(←行動内在的随伴性)
          • イノシシを捕まえれば作物が荒らされなくて済む(←好子消失阻止の随伴性)
        • 結果の伴い方
          • イノシシは特定の季節にだけこの村に現れる(←時隔強化)
          • イノシシは特定の時間帯だけ現れる(←時隔強化)
          • 動き回れば動き回るほど(=行動の量に応じて)たくさんのイノシシが捕れる(←比率強化)
      • 確立操作(結果の効力を一時的に変えるような、個体側に特定的な要因)
        • イノシシが高く売れるようになった(←習得性好子の操作)
        • 食料が不足している(←遮断化)
        • 最近、イノシシを食べていない(←遮断化)
        • このところ運動不足である(←遮断化)
        • 最近、イノシシによる作物の被害が増えている
        • ※上記の反対の状況のもとでは結果の効力が一時的に低下する
  3. 行動が起こりにくい状況を調べてみる
    • 会場からも具体例をあげてもらう
    • 1年後の入試をめざした受験勉強、ダイエット、将来の留学をめざしての英会話の勉強.....
    • 最終目的の意義をいくら明確にしても、それに到達するための行動に1回の行動に伴う結果が小さすぎたり(累積して初めて意味のある結果になる)、稀にしか結果が伴わない行動は、やる気が起こらないか、先延ばしされていく。[マロット(杉山ほか『行動分析学入門』産業図書)のアイデアによる]
    • 会場から「やる必要は感じているのに、なかなかやる気が起こらない行動」を出してもらい、これを検証してみる。
  4. 熱中しやすい行動の原因を考えてみる
    • 会場からも具体例をあげてもらう
    • 例としてTVゲーム(特にロールプレイングゲーム)を考えてみる。自分自身の能動的な働きかけによってバトルに勝てること、勝つと経験値が確実に上がること、経験値が上がることで技や魔法が上達し、より強い敵に勝てるようになることが、どういう意味を持っているか考えてみよう。
    • 1回の行動に伴う結果が適切な大きさで、確実であれば、たとえ最終目的が遙か遠くにあっても、やる気は起こるものだ。[同じくマロット(杉山ほか『行動分析学入門』産業図書)のアイデアによる]
    • 会場から「あなたの熱中している行動」を出してもらい、これを検証してみる。個々の行動に確実に結果が伴い、かつ、その反復が目に見える上達を生んでいる場合、あなたはそれに熱中しているはずだ。
  5. 行動の最終目的を明確にし、階段を一歩一歩登ることに対して確実な結果を与えること
    • 自動車学校(教習所)の教育システムを考えてみよう
    • 具体的な目的が明確になっており、それに到達するために必要な「部品」となる行動それぞれに確実な結果が伴っていれば「やる気」は維持される。→日々の行動が、目的達成に向けた着実な成果として明らかである場合
    • 小学生の算数の勉強、あるいは大学卒業後の進路が不確定であるような受験勉強のように、必ずしも最終目的が明確でない場合は、これは適用できない。
  6. 個々の行動に確実な結果が伴わない場合や、最終目的が明確でない場合は、どうしたらよいか
    • 個々の行動それ自体がもたらす有意義な結果(行動内在的随伴性)を見つけ出す
      • 特定の行動は複数の結果を同時に伴うもの。お寺の境内に無数の落ち葉があったとして自分一人の行動ではその全部を除去できないとしても、「体を動かすこと自体が楽しい」人はそれで強化されている。
      • ダイエットをしている人が、毎日夕食後に散歩しても、目に見えて体重が減ることは無い。しかし、散歩の時に星をみたり、夫婦で会話をすればそれ自体で強化される。
      • 受験勉強も決して、大学合格だけが唯一の結果ではない。
    • 第三者または自分自身によって、別の結果を付加する(パフォーマンス・マネジメント)
      • 日々の遂行を公表する(←周囲によって与えられる結果を増やす)
      • 自分自身でセルフコントロールを行う(例:問題集を1頁分仕上げたら1点獲得し、10点貯まったら好きなビデオを1時間観るというような自己契約をつくる)
      • 部分的な達成が評価されるような機会(模擬テストや資格試験)を利用する
      • 達成の度合いについて、集団で競争する。
    • 究極の「やる気」は「阻止の随伴性」
      • 行動すればポジティブな結果が伴うが、行動しなくても何も変化が無いというような場合には、いくら確実に結果を付加しても思うように行動が起こらないことがある。
      • この場合は、「○○すれば現状維持だが、○○しなければ××を失う」というような状況を人工的に作ってやる(例:問題集を1頁分仕上げられなかった時は、自分の嫌いな人や団体に一定金額を寄付する)
      • ※その行動をしなかった時の最悪の結果を考えるだけでは「やる気」は起こらない。最悪の結果を阻止するための個々の行動に確実な成果が伴うことが肝要。
  7. まとめ
    • 万能な「やる気」だけでは行動は持続しない。
    • 個別的・具体的な行動について、どうしたらその行動を起こりやすくできるかを考えていく必要がある。
    • 具体的な目的が明確になっており、それに到達するために必要な「部品」となる行動それぞれに確実な結果が伴っていれば「やる気」は維持される。
    • 最終目的の意義をいくら明確にしても、それに到達するための行動に1回の行動に伴う結果が小さすぎたり(累積して初めて意味のある結果になる)、稀にしか結果が伴わない行動は、やる気が起こらないか、先延ばしされていく。
    • 1回の行動に伴う結果が適切な大きさで確実であれば、たとえ最終目的が遙か遠くにあっても、あるいは最終目的が未確定であっても、やる気は起こるものだ。
  8. 心理学について(参考)
    • 「意欲」「意識」「自覚」「無意識」「潜在意識」などを使わない心理学もある。
    • 現実社会における人間行動は、無数の原因が同時に関与しているため、それらをすべて解明して予測や制御に役立てることは原理的に不可能。
    • ただし、無数の原因の中から、統制可能な要因を見つけだして、それを的確に操作することで人間行動を改善していくことは可能。→「解釈の心理学から変革の心理学へ」
    • 抽象的で一般性のある理論の検証に終始するよりも、ある法則がどこまで及ぶのかを確定していく姿勢が必要→「仮説検証型」の心理学から「生起条件探索型」の心理学へ。