じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 串団子風の月と、真東から昇る太陽。9月23日(月)の秋分の日早朝に撮影。


2013年09月22日(日)

【思ったこと】
130922(日)ロールシャッハについて新たに学んだこと(2)ロールシャッハテストができるまで

 昨日の日記でも述べたように、私自身がロールシャッハテストの技法の基礎を学んだのは今から40年近く前のことであった。以来、
  1. なぜインクのシミで創られたのか?
  2. なぜ他の図版や、最近であればCGで制作できそうな様々な模様ではダメなのか?
といった点について、少なからず疑問を持っていたところであるが、今回のチュートリアルワークショップで、40年越しの謎がやっと解けた。但し、以下に記すのは、長谷川の聞き取りによるものであり、不確かもしくは誤解があるかもしれない点をあらかじめお断りしておく。

 まず、創始者のヘルマン・ロールシャッハ(Hermann Rorschach, 1884年11月8日 - 1922年4月2日)であるが、彼は、若い頃から芸術的才能に長けており、また、隠し絵やダマシ絵にも興味を持っていたという。また、精神科医となって慢性病棟を担当した時には、患者さんにパペットの影絵を見せて、うつ状態の活性化をはかったという。そういう中で、特定の病状の患者さん(いまで言えば統合失調)が特有の反応を示すことを経験的に知ったようである。

 彼はまた、寮生活時台、同僚から「シミ」というあだ名で呼ばれていたという。半紙にインクをたらしてシミの絵を創るのが得意だったらしい。ちなみにこの「シミ図版」には、試作当初から濃淡があった。よって、当初は形重視で後から濃淡をつけたという俗説は誤りであるようだ。

 彼の注目点は、特定の疾患(いまで言う統合失調)の患者さんが、輪郭を持った形全体を見ないという傾向を示すことであった。これは、クレペリンが初めて報告したアルツハイマー型認知症とは異なっていた。また、そのような理由から、10枚の図版(当時は12枚)は、「何らかの形態があるのにそれが見えない」という特徴を引き出すような基準で選ばれており、また、インクのシミで偶然できたものではなく、後から筆で濃淡をつけたり、一部が左右非対称になるように描き加えたり、逆に、図版の一部をカットするといった加工がなされたとのことであった。クレペリンの自著に「インクのシミで作った」という記述があるために、「偶然にインクのしみのついたカードを使った」というのが定説になっているが、試作品の中には、大小さまざまな筆で描かれた図版も遺っており、実際には、偶然にできあがったものでは無かったようである。このほか、彼が『精神診断学』の付録?として図版を印刷する際には、図版の濃淡をめぐって何度も校正の依頼を出し、最後は、校正はこれが最後、文句があるなら出版中止とまで言われたことを示すやり取りが残っているという【以上、長谷川の聞き取りのため不確か】。




 さて、昨日も述べたように、ロールシャッハテストについてはさまざまな批判が出されており、私自身も以前、社会人向けの公開講座などで、

『あてにならないロールシャッハテスト』(日経サイエンス 2001年8月号、原著者 Scott O .Lilienfeld/James M. Wood / Howard N. Garb。原題 What‘s Wrong with This Picture? 、SCIENTIFIC AMERICAN May 2001)

の一部を紹介したことがあった。引用文献のその概要は、
  • カリフォルニアで献血に協力した123名の成人を対象にロールシャッハテストを実施し、その結果をある種の方法で得点化したところ、1/6の人の反応が,精神分裂病と評価される数値を示した。
  • 「TAT(主題統覚検査)を直観的に解釈する臨床家は、心理的な異常を過大に診断する傾向があるというエビデンスも出ている
  • バウムテストなどの描画テストの問題点
となっていた【2004年6月15日の日記に関連記事あり】。

 もっとも、それなら、質問紙法検査は良いのかという話になるが、私自身は、むしろああいう変数の束による個性記述に限界を感じており、対面型のカウンセリングのコミュニケーションツールとして投影法検査を用いるという限りにおいては、そちらのほうが大いに有用という考えも持っている。

 あと、上掲の2番目の疑問、

●なぜ他の図版や、最近であればCGで制作できそうな様々な模様ではダメなのか?

であるが、原理的には、ロールシャッハテストと同程度に有用な図版はいくらでも作れるが(じっさい、再検査の際の等価性を目ざした、「カロ・インクブロット・テスト」、さらに、ベーン−エッシェンバーグ・ロールシャッハ検査など、いくつかの検査が知られている)、長年のデータの蓄積ということであれば、元の図版を、一寸違わずそっくりそのまま使用することの意義も大きい。逆に言えば、元祖ロールシャッハテストを明らかに越える図版であるという証拠が示されない限りは、新しい図版を開拓するメリットはあまりなさそうである。

 もう1点、今回のチュートリアルワークショップでは、93年前にヘルマン・ロールシャッハ自身が施行したうつの患者さんのデータを包括システムでよみがえらせるという斬新なテーマが取り上げられていたが、私の立場から言わせて貰えば、(1920年当時に)重度の抑うつ症状と、会話中に涙を流したり泣き叫ぶといったエピソードを持つ患者さんを2週間後に退院させてよいものかどうかという判断を、ロールシャッハテストの反応特徴だけから結論づけることにはやはり無理があるように思えた。それよりも、実際の日常生活場面で、抑うつ症状や、情動的な反応がどういう状況のもとで出現するのかを詳細に観察し、かつ、退院後の復帰に向けてどういうプログラムが実施されているのか、改善効果はあったのか無かったのかに注目していくべきであると思う。もちろん、純粋に医学的な診断・治療(脳の状態、投薬など)が必要な場合はそれに委ねるとして、現実の日常生活への適応は、もっと現実的具体的に段階を追って対処していくべきであるというのが私の立場。