じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
台風26号による強風で、大学構内のギンナンが大量に落下。但し、南北通り歩道上に落ちていたものは16日朝にグッドジョブの人たちの手で清掃された。 岡山県南部ではその後も時おり10m以上の風が吹いていたが、午後3時過ぎからは風も弱まり、気温がぐんぐんと低下。朝6時には10.6℃まで下がった。夜明け前には、しし座のレグルスと火星が接近している様子を眺めることができた(一番接近したのは前日16日)。 |
【思ったこと】 131016(水)高齢者における選択のパラドックス〜「選択の技術」は高齢者にも通用するか?(31)選択を階層的に捉える(1) これまでの連載で取り上げたシュワルツの『選択のパラドックス』、あるいはアイエンガーの『選択の技術(選択の科学)』では、日常生活の諸々の選択や、より長期的に見た一大決心のような選択を一緒くたに論じているきらいがあった。もちろん、選択肢の数とか、その際の追求者vs満足者傾向といった、あらゆる選択に共通した問題はあるとは思うが、それだけでは選択の本質は論じられないように思う。これに超えるべく、私が提唱しようとしているのが選択を入れ子型にとらえ、かつ、選択された行動が継続できるような(強化されるような)サポート体制をしっかり作るという、「階層的選択機会構築」のモデルである。 例えば、ある休日、どこかへ出かけるか、家の中で過ごすかを考えたとする。これは、(出かける,家で過ごす)という二者択一の選択となる。なお、厳密に言えば、それ以外の行動機会もあるし、さらには、それぞれの行動について、するかしないかという「go/no go」も選択と見なすこともできるが、ここでは複雑さを避けるため、具体的な行動の選択機会だけを表すこととし、そのすべての機会の補集合として「何もしない」状態を仮定しておくものとする。 さて、上記の例で言えば、「出かける」という機会の中には、さらに(テーマパークに行く,ショッピングに行く,山登りに行く,...)というように様々な行動機会が入れ子にはいる。同じく、「家で過ごす」についても(庭仕事をする,料理をする,ゲームをする,テレビを視る,...)というように様々な行動機会が入る。これらは、 (出かける(テーマパークに行く,ショッピングに行く,山登りに行く,...),家で過ごす(庭仕事をする,料理をする,ゲームをする,テレビを視る,...)) というように、文字通りに入れ子で表記することもできるが、入れ子が複雑になればなるほどわかりにくい。そこで、以下、 HTMLタグのリスト表示機能(<UL>、<LI>、</UL>)を使って <UL>と表すことにする。ブラウザで表示されるじっさいの見え方は以下のようになる。 そして、上掲の個々の行動にはさらに、「部品」的行動が入れ子で入っていく。「テーマパークに行く」であれば、 というように、入れ子構造は最小の行動単位になるまで階層化していく。 次回に続く。 |