じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 津島東キャンパス・サークル棟東の紅葉。樹種は不明だが、アメリカフウ(モミジバフウ)の可能性が高い。

追記]その後、近寄って葉っぱを見たところ、ニレの木であることが判明した。


2014年10月15日(水)

【思ったこと】
141015(水)選択行動に関する実験論文(2)アイエンガーたちのアナグラム実験(2)

 昨日も述べたように、実験の結果、白人系の子どもたちのアナグラム正解数は、

「Self群」>「Miss Smith群」≒「Mother群」

となっていた。また、この結果は「自分で選んだ」ことがポジティブな動機づけになっていると解釈されていた。

 しかし、この部分に限っては、「Self群」だけが、各自の最も得意なジャンル(Family、Home、Animals、Party、Food、San Franciscoのうちの1つ)で課題を遂行できたためであるという可能性もある。

 ここで仮に、課題が、算数、国語、理科、社会のドリルであったとしよう。「Self群」の条件では、子どもたちは、各自の最も得意な科目を選ぶことができるので当然、遂行成績が高くなる。いっぽう、この実験ではyokedコントロールがされているということであるから、「Self群」の1人目の子どもが算数を選べば、それに対応させられた「Miss Smith群」と「Mother群」の1人目の子どもは、嫌でも算数のドリルをしなければならない。さらに「Self群」の2人目が国語を選ぶと、「Miss Smith群」と「Mother群」の2人目の子どもは嫌でも国語をしなければならない、というように続いていく。

 もちろん、「Miss Smith群」と「Mother群」においても、指定された科目が、その子どもにとって最も得意な科目であったという可能性はあるが、その確率は1/4程度に過ぎない。

 こうした可能性は、仮に「算数、国語、理科、社会のドリルの難易度に差が無かった」ということを平均値で比較しても排除できない。全体では難易度が同程度であっても、個人ごとの得手不得手のバランスをとることはできないからである。

 もっとも、以上の別解釈は、白人系の子どもたちの結果についてのみ当てはまるものであって、東アジア系の子どもたちの結果、

「Mother群」>「Self群」>「Miss Smith群」

で、なぜ「Mother群」が高くなったのかということは説明できない。さらに、自由時間において、アナグラムで遊んだ時間に差が生じたことについては、白人系と東アジア系いずれにおいても説明することはできない。よって、アイエンガーたちの解釈は、全体としては妥当なものであろうと解釈できる。

 もっとも、ここでの「東アジア系」というのは、日本国内の日本人の家庭で育った子どもたちではなく、あくまで、多民族国家のアメリカの一地域に住む子どもたちである。そういう子どもたちが、一世、二世、...を通じて伝統的な日本文化が継承された家庭に育っていたのか、それとも、多民族国家の中の少数派という環境のもとで独自の適応を身につけていったのかはさらに検討する必要があるだろう。

 もう1つ、初めのほうで指摘した「自分で選ぶ」ということと「得意な作業ができる」ということの分離も必要であろう。これについては何度か述べたことがあるが、場面によっては以下のように区別・検証することができる。
  • にぎり寿司を盛り合わせのセットとして提供した場合と、回転寿司のお皿に載せて提供した場合の比較。結果的に同じ寿司メニューを食べた時に、回転寿司のほうが満足感が高かったとすれば、その差は、「自分で選んだ」ことの効果であると結論できる。
  • レストランで、眺めの良い席が空いていた時、お客が自分でそれを選んだ場合と、お店のほうから指定されてその席に座った場合との比較。同じ席である以上眺望は変わらないので、もし自由席のほうが満足感が高かったとすれば「自分で選んだ」ことの効果であると結論できる。


次回に続く。