じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 南東の空に輝く火星、土星、アンタレス。火星は5月31日の午前6時34分に地球に最接近する。

2016年05月30日(月)


【思ったこと】
160530(月)トールネケ『関係フレーム理論(RFT)をまなぶ』(34)派生的関係反応(6)刺激等価性クラスをめぐる動物研究(2)

 昨日の日記の中で、人間以外の動物を対象とした実験研究では、刺激等価性が成立することを示す証拠は殆ど得られていないと述べた。もっとも山アほか(2008)によれば、
例数は少ないが言語を持たぬ被験体が対称性を示すこと(Schusterman & Kastak, 1993; Tomonaga, Matsuzawa, Fujita, & Yamamoto, 1991),言語の機能的使用がほとんど見られない被験者に対称性が示されること(Carr, Wilkinson, Blackman,& McIlvane, 2000; O’Donnell & Saunders, 2003)...
などが知られており、人間以外では皆無というわけではなさそうだ。この事例を受けて、山アほか(2008)は
...対称性(さらには刺激等価性)が言語能力によって支えられているという仮説(Devany, Hayes, & Nelson, 1986) には困難がある.つまり,言語によって対称性が可能になるのではなく,対象物と記号との間の恣意的な関係の理解のような,言語の意味的・象徴的な側面を支える一要件として対称性を考える必要性がでてきた(Sidman, 1994).
と論じているが、この部分についてはもう少し議論する必要があるように思う。というのは、そもそも何をもって「言語」あるいは「言語能力」とするかを明示しない限り、
  1. 「言語を持たぬ被験体が対称性を示す」のではなく、対称性を示すこと自体でその動物は言語能力の一側面を備えていると考えることもできる。
  2. 「対称性(さらには刺激等価性)が言語能力によって支えられている」というときの「言語能力」は、言語能力を再定義していると考えることもできる
といった議論が出てくるからである。じっさい2.についてトールネケは、第4章「言語行動の新しい定義」および「まとめ」の節の中で【原書87頁以降、翻訳書122頁以降】、
  • To frame events or stimuli relationally, according to the three criteria mentioned (mutual entailment, combinatorial mutual entailment, and transformation of stimulus functions) is the behavior that RFT refers to as verbal (S. C. Hayes, Fox, et al.,2001).
    RFTが言語的であると呼ぶ行動とは,出来事または刺激を,言及してきた3つの基準(相互的内包,複合的相互的内包,そして,刺激機能の変換)に従っで,関係的にフレームづけることである。
  • Verbal stimuli, according to RFT, are stimuli that have their effects because they participate in relational frames (S. C. Hayes, Fox, et al., 2001).
    RFTによると,言語刺激とは,それらが関係フレームに関与するからこそ効果を持つような刺激である。
  • Verbal behavior, according to RFT, is to put stimuli (events) in relation and to act on or react to stimuli based on the resulting relations.
    RFTによれば,言語行動とは,刺激(出来事)を関係の中に置き,結果としで生じる関係に基づいて,刺激に対してアクションし,あるいはリアクションすることである。
という新しい定義を提唱しており、この観点から言えば、「言語を持たぬ動物が対称性を示した」のではなく「対称性を示した動物は、言語行動の基盤となる一側面を示した」と言い換えたほうがよさそうである。

 いずれにせよ、トールネケは、翻訳書87頁の原注において
The fact that there has been no demonstration of other animal species showing derived stimulus relations does not mean we should view this skill as something exclusively human. Future studies, perhaps of higher quality, could change our understanding in this respect. It seems clear, however, that if other species do have some degree of this ability, it is to a much lesser extent than humans do.
ほかの動物種において派生的刺激関係が実証された例がないという事実は,この能力を排他的に人間だけのものとみなすぺきである,ということを意味するのではない。今後,おそらくより質の高いさらなる研究によって,この点についての私たちの理解が変わる可能性がある。とはいえ,仮にほかの種がこの能カを実際にある程度持っていたとしても, その規模が人聞よりもはるかに小さいことは,明らかなように思われる。
と述べており、動物を対象とした実験研究が発展するなかで、少数の例外的事実が報告されたとしてもそれをもって関係フレーム理論が根底から覆されることはないと論じている。

 もちろん、なぜ対称性を示すのか、あるいは殆どの動物では困難であるのかについては、全く別の説明も可能である。じっさい、脳科学辞典【(藤永保監修『最新 心理学事典』(平凡社、2013年12月発行)の項目「刺激等価性」に基づく転載) 】の当該項目(山ア氏による)では、
ヒトとヒト以外の動物との間で、等価性テストの結果に大きな差が存在する理由として、刺激順序の処理における違いが考えられる。標準的な条件性弁別課題では見本刺激が比較刺激の提示に先行する。このような時間的順序はヒト以外の動物において、次のような理由から、とりわけ対称性の成立に対し妨害的に働いている可能性がある。

 第1に、条件性弁別課題中に行う反応は、見本刺激Aの提示後比較刺激Bを選択することであり、2つの刺激AとBの関係が学習される保証はなく、刺激系列ABの学習となっていても不思議はない。

 第2に、各刺激の物理的特性は出現順序に関わらず不変であっても、見本刺激、比較刺激のどちらとして現れるかにより機能が全く異なる。このような刺激提示順序の影響から、ヒト以外の動物では刺激順序の逆転を求める対称性の成立が極めて稀で、訓練対と刺激の出現順序が変わらない推移性を示す例の方が多いと考えられる。

 一方、ヒト被験者はこれらの要因に影響されないかのように等価関係を示す。ヒトの刺激処理におけるこの特徴が、言語のような時空間の制約を受けずに存在することのできる象徴的記号の利用を背景で支えている可能性がある。
という可能性を挙げておられる。




 刺激等価性クラスについての実験研究は、一時期は非常に活発に行われており、関連学会の年次大会でも当該テーマに関連したシンポが毎年のように開催されていたことがあった。しかし、山アほか(2008)が、
対称性(あるいは刺激等価性)の研究に精通している研究者ならば,なぜ今再び対称性(あるいは刺激等価性)なのか,という疑問を抱かれるかもしれない.というのも,ヒトを対象とした研究や,刺激等価性の枠組みを使った応用・臨床研究は成功を収めてきた一方,ヒトという種を際だたせる認知機能なのかどうかと注目された時代は過ぎ(友永,2008 を参照),比較認知の観点から行われる対称性研究はどう見ても下火といえる状況だから である.
と指摘しているように、刺激等価性をめぐる諸研究はすでに転換点を通り過ぎ、新たな方向に向かっている。そういう意味でも2008年・認知科学「対象性:思考・言語・コミュニケーションの基盤を求めて」は大変意義深い特集である。

 次回に続く。