じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
|
土日に鳥取大学・鳥取キャンパスを訪れる機会があった。いろいろな大学を訪れる時には、その大学でどのような喫煙対策がとられているか、吸い殻ポイ捨てがどの程度あるか、といった点についつい関心を向けてしまう。今回の鳥取大学は「構内全面禁煙」が実施されており、構内での喫煙は見当たらなかった。ポイ捨て吸い殻は、地域学部の南側の路上で1本確認されただけで、喫煙対策は順調に進んでいるように思われた。 ちなみにこちらの資料によると、鳥取キャンパスの広さは163万5064平米となっていた。これは、岡大の津島キャンパスの敷地面積63万9616平米より広い[※]。遠くにはうっすら雪化粧した氷ノ山を眺めることができ、また今回は訪れていないが湖山池にも隣接しており、自然環境に恵まれているように感じた。 [※追記]上記の鳥取キャンパスの面積には「乾燥地研究センター」の97万8344平米が含まれているので、これを除くと岡大・津島キャンパスとほぼ同じ広さになる。 |
【思ったこと】 171126(月)五木寛之『孤独のすすめ』(15)「心配停止」社会 11月24日の続き。 第5章は「なぜ不安になるのか」というタイトルになっていた。但し、これは高齢者個人の不安ではなく、現代日本の社会構造に関する不安である。と言っても、多くの日本人はそのことをあまり気にしていない。これは、「年金も保険もない老後など、想像できない」ということではなく、「想像したくない」という現実逃避であると指摘されている。五木さんは、「心肺停止」をもじって、このことを「心配停止」社会と名づけておられた。 現実を直視しようとしないのは、自分たちの足下で進行している事態が、あまりにも深刻なものであることの裏返しだ、とも言えます。だから、「自分が考えたところで、仕方のないことだ」と諦めてしまう。このあたりは、いま進められている政策がどう機能するかにもよると思う。一般論として、「少子高齢化」というのは一時的な現象であり、いずれ、いまの「少子」にあたる世代の人たちが高齢化する頃には、安定した年齢構成に戻るという見方もある。といって、寿命そのものはもう少し伸びるだろうから、高齢者の比率が一定レベルに留まることは間違いない。仮にそれぞれの年齢の人口がすべて等しい(長方形型)の構成になったとすると、0歳から30歳、30歳から60歳、60歳から90歳の人たちの人口比率も1/3となる。そうしたなかで、60歳から90歳の人たちがどういう形で社会貢献していくのかという課題は確かにあるとは思う。 次回に続く。 |