じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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2月8日は、教養教育科目の授業が終了した。受講登録者数は97名であった。 |
【思ったこと】 180208(木)教養教育科目担当終了 毎週木曜日の5・6時限(14時〜16時10分)に開講していた教養教育科目の担当が2月8日をもって終了した。定年退職後には教養科目は一切担当する予定がないので、私の人生にとってはこれが最後の授業ということになった。(文学部専門科目については、特命教授として来年度も担当する科目があるので、「完全終了」というわけではない。) 教養教育科目の担当は、長崎大で1986年に担当して以来、32年を数えることになる。(それ以前は専修学校でも担当していたので、実質的には35年か。) そのあいだにも、教養教育の位置づけは大きく変動した。岡山赴任後にまず変動したのは、教養部解体&改組であった。また、一時期は、「教養教育」の代わりに「一般教育」という呼称が使われており、いまでも、学生の間では「パンキョウ(一般教育)」と呼ばれたり、授業が行われる建物が「一般教育棟」の名称のままになっていたりする。心理学関係の科目も、かつては「心理学概論」といった名称が使われていたが、一時期、専門科目と同じ名称はふさわしくないとされて「こころの科学」に改称、その後、再び、専門科目名が復活したりしている。 岡山に赴任した頃は、学部の教員が教養科目を担当する場合には僅かながら非常勤講師手当が支給されていた。しかしその後、学内専任教員は無給となり、さらに、原則として2年に一度は担当することが義務化された。 学生側のほうも、卒業に必要な履修要件が大きく変動。また、一部の「人気科目」については、抽選に当選しないと履修できなくなった。かつては「人文学系」、「社会科学系」、「自然科学系」などに分類されていたものが、主題科目という別のカテゴリーに分けられた。 改革の経過は、迷走しているようにも見えるし、それぞれの時代では最善であったと評価できるものであったかもしれない。 いずれ時間がとれるようになったら、私なりの「教養教育観」を総括したいと思っている。 |