じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 半田山植物園睡蓮池で小さくて細いトンボを見つけた。アオイトトンボの可能性が高いが、眼後紋が離れていて、その後ろの黒い部分の面積が広いように見える。アジアイトトンボ、あるいはアオモンイトトンボの可能性もある。
※その後、クロイトトンボではないかというご指摘をいただいた。

2019年9月3日(火)



【連載】

チコちゃんに叱られる!「なんで探し物をしているときに独り言を言うの?」

 8月30日放送のNHK「チコちゃんに叱られる!」の話題。今回は、4番目の、

●なんで探し物をしているときに独り言を言うの?

について考えてみたい。

 番組の正解は「子どもに戻っちゃうから」であり、
  • 独り言を言うのは退行現象(脳の働きが子どものころに戻ってしまう)。
  • 子どもは脳が未発達。動作や発声をしないと考えがまとまらない。
  • 大人は強い不安を感じると、脳が子どものころに戻り独り言を言ってしまう。
  • 実は退行現象は、記憶を呼び戻すにはいい効果がある。
  • 捜し物が見つからないという不安状態のもとで脳が子どもに戻り退行現象が起こり独り言が出る。そうすると脳が活性化して探し物が見つかる。
というように解説された【あくまで長谷川の聞き取りによる。一部長谷川による改変あり。念のため】

 しかし、私自身はこうした「説明」はきわめて不十分であると感じた。
  • まず、子どもと似た行動が起こるからといって軽々しく「退行」と呼んでいいものか?
  • 探し物をする場面というのは「退行」が生じるほどの強い不安状態にあるのか?
  • 「退行」で脳が活性化するメカニズムは解明されているのか?
 ちなみに今回の解説者は某心理学会の副会長ということであったが、独り言の研究者ではなさそう。また当該の学会はどうやら学術研究目的の団体ではなく(じっさい日本心理学諸学会連合の加盟学会ではない)、研究発表や学術誌刊行も行っていないようであった。もちろんだからといってそれだけで説明内容にケチをつけるわけではないが、どうせなら、言語行動研究の専門家から、御自身の研究成果に根ざした説明をしていただきたかったと思う。ちなみに、ちょうど「又吉直樹のヘウレーカ!」の感想と発展的考察のところでも、「独り言をつぶやくのはなぜ?」と言語行動論の話題を取り上げたところであった。解説は、やっぱり第一人者の岡ノ谷先生にお願いするべきではなかっただろうか。

 では、「退行」や「不安」や「脳」を安易に使わないとするなら、代わりにどのような説明ができるだろうか。
  • 1つは、言語化し発話をすることによる課題の整理という可能性。又吉さんの番組のほうで言えば、知恵の輪を解く時に独り言をいう場合と同様である。
  • もう1つ、これはあくまで私の想像であるが、集団場面で探し物をしている時、黙っていろいろな引き出しを開けたり、棚を覗いたりしていると不審な行動のように見られる場合がある。そういう場合は、かえって「私はいま○○を探しています、ええと、ここではないし、あそこにもないし、...」というように公言したほうが怪しまれなくて済むし、場合によっては一緒に探してくれる人が出てくるかもしれない。
 あと、「退行」という言葉が出てきたのでひとこと付け加えておく。岡ノ谷先生が言われているように幼少期のヒトの独り言は自分の声を聞いて練習している可能性がある。大人になって独り言が減るのはそういう練習が不要になるという面もあるが、一番の理由は、集団内では独り言は弱化されやすいことにあると考えられる。要するに、コミュニケーションを妨害し、ムダな騒音となるためである。そう言えば、携帯電話が普及し始めた頃は、電車やバスの中で大声で通話をしている人がいたが、けっきょく禁止、もしくは自粛が呼びかけられるようになった。独り言が弱化されたのは、通話が弱化されるのと全く同じ原因によるものと思われる。でもって、そういう中で探し物をする人の独り言だけが許容されるのは、不審者の行動と区別できるという有用さがあるためではないかと考えられる。




 番組では、「退行」説に続いて、ホームセンター内で探し物をするという「実験」が紹介されていたが、うーむ、これも、あまりにもお粗末、いいかげん極まりないと言わざるを得ない。「実験」の概要は、
  • 実験参加者は3名の男性。
  • ホームセンター(7万点の品揃え)の中で「タワシ、タワシ」と発声しながらタワシを探してもらい所要時間を測定。なお、実験目的は知らされておらず、一人一人別々に行う。
  • 次に、独り言を言わずに、黙ってシャモジを探してもらう。
  • その結果、3名のうち2名では独り言を言った条件(タワシを探す条件)のほうが、短い時間でタワシを見つけることができた。残り1名は、独り言を言わなかったシャモジのほうが所要時間は短かった。
というものであったが、これは、今回の話題とは直接関係の無い「実験」と言わざるを得ない。

 まず、番組でも誰かが「なくしたものじゃないけどね」と指摘しておられたように、これは、「どこかにしまっておいたものを、思い出しながら探す」という課題とは全く別であり、未知の空間で何かを発見するという課題となっている。「退行」があろうとなかろうと、とにかく、記憶の活性化を検証する実験ではない。

 第二に、教示に基づいて「タワシ、タワシ」と意図的に発声しながら探し回ることは、自然に発声される独り言とは言い難い。

 第三に、仮に「タワシ、タワシ」と発声しながら探し回ることに有効性があったとしても、それが、お目当てのタワシを意味する言葉であるゆえに有効であったのか、それとも単にかけ声として有効であったのかは確認することができない。後者であれば、実験参加者が「ワッショイ、ワッショイ」と叫びながらタワシを探しても、時間が短縮できる可能性がある。

 第四に、ホームセンターという場所、タワシやシャモジというアイテムはいずれも不適と言わざるを得ない。ホームセンターではできるだけ入店者が購入希望品を探しやすいように分類・配置していており、物探しの実験場面としては適していない。また番組では、3名中1名が(発声する条件の)タワシより(無言条件の)シャモジを早く見つけていたが、これについて、「タワシ探し中にシャモジの位置を確認したのではないか」と解釈していたが、そのような可能性は実験をする前から分かっていることだ。予想と異なる結果が出た時に後付けで都合のよい理由を見つけてくるというのでは、フェアとは言えない。

 ということで、どうせならば、実験参加者にまずタワシやシャモジを含むいくつかの物品を棚や引き出しに収納してもらい、一週間くらい経ってから、それらを探してもらう(その際に、発声をする条件と黙って探す条件を比較する)というような実験をする必要がある。そうでなければ、今回の話題には結びつかないであろう。

 チコちゃんの番組はあくまでバラエティ番組であって、科学教養番組ではないが、だからといって、視聴者をビックリさせるような意外性があるかどうかという理由だけで「諸説あり」のうちの1つだけを過剰に強調したり、あるいは、表向きは脳科学などの専門用語を多用していかにも最新の科学であるかのように権威づけしつつ、じつは中身は空っぽで、まことしやかな後付け解釈しかしていないようなエセ科学的こじつけで視聴者を納得させてしまったりするような制作姿勢は厳に慎まなければならないと思う。番組視聴者の中には、将来科学者になることを夢にみている子どもたちもたくさんいる。多少難しい話になっても、その分野に精通している専門家からしっかりと解説していただき、また実験をするなら、子どもたちが「これぞ検証手段」だと納得できるような手順をふんでもらいたいところである。