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8月21日の岡山は、最低気温26.4℃、最高気温37.3℃で、12日連続の「熱帯夜&猛暑日」となったが、夕刻に積乱雲が発達し、雷鳴がとどろいていた。岡山市の降水量はゼロであったが、近隣の和気町では4ミリを記録した。なお、この日の雷雲は東から西のほうに移動しているように見えた。 |
【連載】#チコちゃんに叱られる!「肉じゃがの起源」「お地蔵さんの正体」 8月21日に放送された、NHK チコちゃんに叱られる!の感想と考察。この回は、放送100回記念として、天海祐希、笑福亭鶴瓶の豪華ゲストを招き、「夏空の下のディスタンス♪ボーっとしてる間にもう100回!?スペシャル!」として72分に延長して放送された。この回に取り上げられた疑問は、
1番目の肉じゃがについては、番組では「なんちゃってビーフシチュー」、要するにビーフシチューの味付けに使われるワインの代わりに醤油と砂糖を使用したところ、美味しい料理ができたというように説明された。しかし、ウィキペディアでは、 広く流通している都市伝説として、1870年(明治3年)から1878年(明治11年)までイギリスのポーツマス市に留学していた東郷平八郎が留学先で食べたビーフシチューの味を非常に気に入り、日本へ帰国後に艦上食として作らせようとしたが、命じられた料理長はビーフシチューを知らず、東郷の話からイメージして醤油と砂糖を使って作ったのが始まりという話がある。しかし、当時の日本では既にビーフシチューやその変形であるハヤシライスが洋食屋での一般的メニューとして存在していた。また、東郷が舞鶴や呉に赴任する前の1891(明治24)年に制定された日本海軍の『五等厨夫教育規則』に「シチュウ仕方」すなわち「シチューの作り方」と書かれていることから、当時すでに海軍ではビーフシチューのレシピが制定されていたことがわかる。それに、牛肉を醤油と砂糖で煮るのは牛鍋や牛肉の大和煮と同様の手法であることなどから、代用したという説は、単なる都市伝説に過ぎない。この都市伝説は、1990年代中ごろに舞鶴市が町興しのため「舞鶴に赴任した東郷平八郎が肉じゃがを作らせた」として宣伝したことが始まりである。というように、ビーフシチューの代用説は都市伝説に過ぎないとして退けられていた。「チコちゃん」では時たま、俗説や都市伝説の1つをそれが唯一の正しい説であるかのように紹介されることがあるが、今回ももう少し諸説を精査する努力が必要であったようである。 但し、解説者は「〜とも言われています」というように断定はしていない。番組を面白く盛り上げるために脚色されたものと推察される。また解説の終わりのところでは例によって「諸説ございます。」という断り書きのテロップが表示されていた。 次の「お地蔵さん」の正体は、番組では「閻魔大王」であると説明された。これまたウィキペディアによれば諸説があり、また番組でも「お地蔵さんは平安時代に日本に伝来してからさまざまな宗派・民間信仰と結びついてきた。仏教ではお地蔵さんはお釈迦様だと考えられているが、日本でお地蔵さんが閻魔大王として広まった理由は、恐ろしい閻魔大王が道徳心を育てると信じられていたため」と説明されていた。 番組の「地蔵菩薩=閻魔大王」説は、宋の時代の『地蔵菩薩像霊験記』に記述があり、また『望月 佛教大辞典』の「十王」の中に「閻魔王は地蔵菩薩」と説明されていることに依拠している。ウィキペディアでは、「十王それぞれの本地仏との対応関係は鎌倉時代の日本で考え出されたものである。」とされている。同じくウィキペディアでは、中国における地蔵信仰について「偽経とされる『閻羅王授記四衆逆修生七往生浄土経』(預修十王生七経)や『地蔵菩薩発心因縁十王経』(地蔵十王経)によって、道教の十王思想と結びついて、中国においては地蔵菩薩が閻魔または十王の一尊としての閻魔王と同一の存在であるという信仰が広まった。」と記されていた。 なお、道祖神(ATOKでは「どうそじん」で入力しないと変換できない)は、名称の通り「神」であり、日本古来の民間信仰に地蔵信仰が習合したものであるようだ。 余談だが、京都に住んでいた時には毎年この時期に地蔵盆のお祭りが町内ごとに行われていた。今年は新型コロナウイルス対策のため、自治体ではこちらのように対応しているようである。 次回に続く。 |