【連載】ヒューマニエンス「“退化” もう1つの進化の道筋」(1)長掌筋、男性の乳首
2022年12月20日に初回放送されたNHKヒューマニエンス
●「“退化” もう1つの進化の道筋」
についての備忘録と感想。
このヒューマニエンスの番組ではこれまで進化に関連した話題がいくつか取り上げられてきたが、そのいっぽう退化した側面もある。進化の本質を見極めるには同時に退化についても目を向ける必要があるようだ。
放送の冒頭ではまず、「退化」の捉え方についていくつかのポイントが指摘された。
- 「退化」は進化の過程で目立たなくなったもの。進化したものと退化したものは表裏一体で本来は一緒のもの。進化だけを見ていると体を作るプログラムの全体は分からない。進化と退化の両方を見ておくと、私たちの体がどういうポテンシャルを持っているのがが見えてくる(坂井健雄・順天堂大学特任教授)
- 「退化」はある種の環境適応形。日の光が届かないところに棲息している生き物は目が退化するがそのぶん他のところが発達していく。環境が変わることで必要がないものが無くなっていく(ヤマザキマリさん)
- 形が無くなっても形を作るプログラムはかなりしつこく残っている。形が無くなったように見えても、必要があれば立派なものができてくる、そういうポテンシャルを持っている(坂井先生)。
- 体毛が無くなってきているのは退化とも言えるし進化とも言える。
放送では続いて、プロフリークライマーの野口啓代さんが2021年クライミングワールドカップ・インスブルック大会で活躍している映像が紹介された。野口さんの活躍を支えている1つは長掌筋(ちょうしょうきん)の強さにある。この筋肉はヒトがサルから進化した中で退化しつつある筋肉であるという。木の上で生活するサルたちは長掌筋がとてもよく発達している。この長掌筋は、上腕骨の下の内側の端あたりから出て細い腱となって伸びて手首のところまで達している。長掌筋がすでに退化している人もいるが、あってもなくても日常生活上支障はない。親指と小指をくっつけると、長掌筋のある人は親指の付け根の延長上にある手首部分に筋肉の盛り上がりが生じるという。私自身も試してみたが、顕著な盛り上がりは生じなかった。但し、親指と小指をくっつけたり離したりすると手首のあたりの腱が動いたり、縦に筋が張ったりするので、いちおう残っているように思われた。坂井先生によれば、長掌筋の無い人の割合は日本人では20人に1人、欧米人では5人に1人くらいであるという。地上に降りた類人猿で長掌筋が無い個体の割合は、チンパンジーでは5頭に1頭、またゴリラでは85%にのぼるという。
坂井先生によれば、長掌筋には手首を曲げる働きがあるが、周りにあるもっと立派な筋肉がやってくれるので無くてもどうということはない。野球選手が肘の腱や靱帯損傷の手術を行う時には、長掌筋が転用されることが多い【トミー・ジョン手術】。長掌筋が役に立つような時代が来るかどうかは何とも分からないが、ひょっとしたらスマホを持つ時に役立つ可能性があると指摘された。
放送では続いて、長掌筋以外の退化器官として以下のようなものが挙げられた。
- 体毛
- 立毛筋
- 男性の乳首
- 13番目の肋骨
- 尾骨
- 眉弓
- 第三眼瞼
- ダーウィン結節
- 耳介筋
- 親知らず
- 足底筋
坂井先生は、このうち「男性の乳首」が存在する理由について、男性の体を作るプログラムと女性の体を作るプログラムは殆ど同じであり、女性の体を作るプログラムにスイッチ1個を入れて男性に変えるプログラムを始動させる際、乳首を消す手間をかけなかったため残っているというように説明された。大昔の男性が別段お乳を出していたわけではないようだ。
次回に続く。
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