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半田山植物園で見かけたシオヤアブ。昆虫界では最強クラスの戦闘力を持つとも言われている。腹部先端には白い毛が密集していることからオスであると分かる。 |
【連載】ヒューマニエンス「“虫” 地球のもうひとつの主人公」(1)動物の遺伝子を奪い取るマダニ 6月19日に初回放送された、表記の番組についてのメモと感想。こちらの放送リストによれば、ヒューマニエンスはこれまでに80回の放送が行われているが、さすがに人間の臓器や機能別の話題ではネタ切れとなったのかとうとう「虫」が取り上げられることになったようだ。今回取り上げられた「虫」には、昆虫類ばかりでなく、節足動物や環形動物も含まれていたが、わずか1回分にまとめ上げるには話題が多すぎているように感じた。 ちなみに、スタートレック(宇宙大作戦)などに登場する「宇宙人」は人間と同じ形をしていることが多い。その理由の1つは、CGが開発されていなかった時代には人間が着ぐるみの中に入って演じる必要があったためと考えられるが、もう1つ、宇宙に色々な環境の違いがあっても、生物が進化していけばみな人間と同じような形になるという暗黙の仮定がある。しかしこれは人間が進化の頂点に立っているという思い込みに過ぎず、地球上で最も進化している生き物はもしかすると「虫」であるかもしれない。こうしたことを考える上で、今回の話題は大いに参考になるものであった。 放送の初めでは、織田さんが今でもクワガタを飼育しているというエピソードが紹介された。織田さんによれば、カブトムシはオシッコの量が多くて掃除に手間がかかるが、クワガタは量が少ない。また、ノコギリクワガタやミヤマクワガタの成虫は短命で数ヶ月で死んでしまうが、オオクワガタやコクワガタは複数年生きるとのことであった。 スタジオゲスト解説者の内舩俊樹さん(横須賀市自然・人文博物館学芸員)は大学時代にガロアムシに興味を持っておられたという。ガロアムシは色々な昆虫の原始的な姿をとどめているとのことであったが、「主に標高1,200 mの森林中や山地の石の下、朽木内、洞窟などで見られるが、一般人どころか研究者や愛好家でもまず目にかかることがない昆虫である。」とされている。 トークパートナーのヤマザキマリさんは昆虫に造詣が深い漫画家として知られており、いま一番好きな虫はケブカフトタマムシであるという。 放送では続いて、動物系統樹が示され、その中で節足動物や環形動物は、脊椎動物とは全く別の進化の道を歩んできたパラレルワールド【←聞き取り不確か】の住人であると言うことができると指摘された。また内舩さんによれば、虫は地球でいちばん繁栄に成功した存在である。例えば地球上に居るアリは2京匹にのぼると試算されている。また地球上の全動物は175万種であるがそのうちの100万種を占めているという。 昆虫の中には、花そっくりの形のハナカマキリやヘビそっくりの形のベニスズメの幼虫が紹介された。こうした擬態について、内舩さんは、変異によりたまたま出現した形が自然選択の中で結果として生き延びたと説明されたが、出来過ぎではないかという声もあった。 昆虫の中には、キラウェア火山から流れ出した溶岩が60℃未満まで冷えた時に棲息を始めるヨウガンコオロギや、極寒の南極で細胞が凍っても体内の特殊なタンパク質で修復できるナンキョクユスリカがいる。スタジオゲスト解説者の岩永史朗さん(大阪大学微生物病研究所)によれば、「人間は環境を少しずつ変えながら自分を生かしていくという生き方をとっているが、昆虫はその面で言うと環境を破壊しないしそこに調和しながら本当にうまく生きていく」と説明された。 岩永さんは2014年、驚くべき方法で進化している動物があることを発見した。その動物はアフリカに棲む『オルニソドロス・ムバタ』というマダニの一種。このマダニは血管拡張ホルモンを持っているが、そもそもマダニを含む殆どの虫は血管を持っていない【中腸から栄養成分をしみ出させることで体内に栄養を補給している】。岩永さんが解析したところ、このマダニは2億年ほど前に恐竜から血管拡張ホルモンの遺伝子を奪い取って進化したことが分かった。マダニが動物から血液を吸う時には血管が開いた方が効果的に吸えるので、そのためにこのホルモンが役に立っていると説明された。 このマダニの進化のプロセスは、次のようなものであるという。
マダニ以外にも、有毒植物の解毒物質を作る遺伝子を奪ったコナジラミの例があるという。 ここでいったん私の感想・考察になるが、「人間は環境を少しずつ変えながら自分を生かしていくという生き方をとっているが、昆虫はその面で言うと環境を破壊しないしそこに調和しながら本当にうまく生きていく」というのは、行動分析学的に言えば、オペラント条件づけとレスポンデント条件づけに対応した概念であると言える。人間の場合はオペラント行動が強化・弱化されることで環境を変化させて適応していく。但し基本的な生命維持においてはレスポンデント条件づけも重要な役割を果たしている。いっぽう昆虫の行動は基本的にはレスポンデント行動であり、どこまでオペラント学習ができるのか、あるいは全くできないのかはよく分からない。また、昆虫の行動がレスポンデントであると言っても、条件づけが可能かどうかは分からない。相当昔に【昆虫ではないが】プラナリアで光と電気ショックを対提示することによるレスポンデント条件づけができたという研究があったが、いくつかの問題点が指摘されており、レスポンデント条件づけの証拠としては認められていなかったはずである。いずれにせよ、昆虫の行動を、オペラントorレスポンデントという枠組みで説明することが最善であるのかどうかはよく分からない。 上掲のマダニの研究では、血管拡張ホルモンの遺伝子を奪い取ったことが「動物から血液を吸う時には血管が開いた方が効果的に吸える」という有用性につながると説明されていたが、あのように小さな動物がホルモンを分泌してもそんなに血管が拡張するとも思えないし、マダニにとってそんなに大量の血液が必要であるとも思えない。なので、単にマダニは他の動物の遺伝子を奪い取りやすい構造になっているだけで、あくまで結果として奪い取ったものの、自然選択で淘汰されるほどの有用性は発揮されていないという可能性もあるように思われた。 次回に続く。 |