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【連載】ヒューマニエンス 「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」(7)不安と宗教/不安を感じやすい遺伝子と不安を感じると答えた人の相関は? 12月6日に続いて、11月25日にNHK-BSで再放送【初回放送は6月1日】された、NHK『ヒューマニエンス』、 ●「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」 についてのメモと感想。 まず前回のところで、
まずこれまでも何度か指摘させていただいたが、将来に対する備えというのは必ずしも不安を避けるものではない。むしろ「こうすればこういういいことがある(行動→好子出現)」というポジティブな結果を想定したルール支配行動として実践されていると考えられる。遊牧民がよりよい草原を求めて移動するのは決して行き当たりばったりではない。農耕民が種を撒いたり、間引きをしたり、冬に備えて穀物を蓄えたりするのも、飢饉に対する不安ではなく、1年間の農作業のスケジュールを確立した上で計画的に実践しているだけのことと思われる。 大昔から人は不安をかかえて暮らしてきたが、自然災害に対してはあまりにも非力であった。そういう中では行われてきたのが各種の宗教的行事である。私の知る限りだが、世界中どこへ行っても、その地域特有の宗教がある。政治的な弾圧でも無い限り、宗教を持たない民族というのは殆ど存在しない。これは別段、神が存在するという証拠にはならない。世界中どの地域にあっても、病気や自然災害などへの不安があり、それに対して人間があまりにも非力であるため、神という絶対的なパワーの存在を信仰し、それにすがることで少しでも不安を解消しようとしているのである。 科学が発達した現在では、宗教行事によって作物の収穫を増やしたり自然災害が防げると本気で考えている人は少ない。各地域でのお祭りなどはむしろ地元民どうしの交流の手段として機能している。いっぽう、がんや交通事故などは確率的に起こる災いであるゆえ、少しでもその確率が下げられるならばとお参りする人もいる。「お参りに行く」という行動は何かの好子出現で強化されているわけではないが、「お参りに行かないと災いが起こる」という「嫌子出現阻止の随伴性」が働いている限りは迷信行動としてずっと続けられるだろう。 ということで、私自身は、「不安があるから将来に備える、将来に備えたことで結果として生き残ってきた」という「河田説」はイマイチ納得できない。不安が強化している【より正確には不安事象が確立操作として機能している】のは、もっと非合理的・非科学的な宗教行動、迷信行動、ジンクスなどではないだろうか。 さて、放送では続いて、現代人の悩みや不安の話題が取り上げられた。内閣府が行った世論調査(2022年)によれば、日常生活での悩みや不安を感じている人の割合は以下の通りであった。なお下の数値は、 「(悩みや不安を)感じている人の比率」+「どちらかと言えば感じている人の比率」=合計の比率 を示す。
以上の数値を見ると、はっきり「感じている」と答えた人の比率は50歳代がいちばん多く42.6%となっていた。このことについてスタジオからは、50歳代では子どもたちのことや親のこと、定年前であることなどの不安が多いのではないかとコメントされた。 続いて悩みや不安の具体的な内容であるが、多い順に、
ここからは私の感想・考察になるが、上掲の「悩みや不安を感じている」、「どちらかと言えば感じている」という人の比率は、質問をするさいの文脈やちょっとした表現の違いによって左右される場合があり、あまりアテにならないように思う。例えば最初から「あなたにはどんな悩みや不安がありますか?」と尋ねればたいがいの人は1つや2つ、具体的な不安対象を挙げるだろう。それらを挙げた人は論理上「不安を感じている」人ということになるので、感じている人の比率はもっと高くなるはずだ。 また「不安を感じている」と答えた人の中には、
ところで、上掲の調査では、「(悩みや不安を)感じている」と「どちらかと言えば感じている」という人の合計の比率は73~80%となっていた。このことで思い出したが、放送の最初のほうでは、不安を感じやすいタイプと感じにくいタイプという話題が取り上げられていた。 およそ10万年前、一部の人で「T」が「I」に代わる変異が生じた。「I」に代わった人は、「N」の人よりも不安を抑える物質を多く放出するようになった【=不安を感じにくいタイプ】。...世界的な分布をみると、不安を感じにくいタイプの人の割合は、 この遺伝子の変異から見て、日本人ではおおむね7割【放送で示された円グラフでは日本人はほぼ75%】が不安を感じやすいタイプになっていると紹介されていた。このことと、「(悩みや不安を)感じている」と「どちらかと言えば感じている」という人の合計の比率が73~80%になっているということは、数値としてはピッタリ一致しているようにも見える。しかし、「感じている」、「どちらかと言えば感じている」と答えた人が全員「T」のままの人たちであり、「感じていない」、「どちらかと言えば感じていない」と答えた人たちが「I」に変異した人たちであったかどうかは何も言及されなかった。 もし遺伝子のタイプと質問調査の回答傾向に高い相関が見られるのであれば【=「T」のままの人は「感じる」、「I」に変異した人は「感じない」と答える】、遺伝子変異が不安の感じ方や日常のチャレンジ行動などを左右していると裏付けることができるだろうが、逆に何の相関も見られなかったとすれば、 ●「不安を感じやすい遺伝子」、「感じにくい遺伝子」の違いは、日常生活における人々の不安の大きさには何の影響も及ぼさない。 ということになり、遺伝子の比率の違いを拠としている様々な主張は説得力を失う。 次回に続く。 |