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 【小さな話題】NHK『ドキュメント72時間』の魅力は「普通の人の物語の発見」
 
 1月2日に続いて、表記の番組の『年末スペシャル 2024』と『新春スペシャル 2025』の話題。
 
 このうち、12月30日の『年末スペシャル 2024』では、視聴者の投票により選ばれた次の10本が一挙放送された。
 
10位 別府 “貸間”の人生物語
9位 お盆の鳥取 海辺の墓地で
8位 和歌山 格安のガソリンスタンドで
7位 札幌 雪道を走る灯油配達車
6位 金沢 大きな図書館で
5位 秋田 真夜中のそば屋で
4位 フランス・パリ 街角のマンガ喫茶で
3位 中国 がん専門病院 路地裏の貸し台所
2位 日本海 フェリーで旅する人生行路
1位 国道4号線 ドライブインは眠らない
 いっぽう、1月3日の『新春スペシャル 2025』では、Top10に入らなかった回から、出演者3名によって次の2本が放送された。
 
徳井健太の“推しの回”:マンモス団地を歩いてみれば
鈴木おさむの“推しの回”:私がメガネをかける理由
山田五郎の“推しの回”:大阪 24時間の格安スーパー
 1月2日の日記で『72時間』は普段は全く視聴していないと書いたが、今回の一挙放送を視たところ、けっこう記憶に残ってる回が多いことが分かった。おそらく、夕食時に日曜18時05分からの再放送を偶然に視ていたためと思われる。
 
 上記の13本(Top10と推し回3本)にはそれぞれ興味深いエピソードが含まれていたが、かといってそれほど深入りしているわけでもない。なのでわざわざ録画を予約するほどでもないし、夕食時に再放送の途中だけを視ていたとしてもわざわざNHK+で初めから見直すというほどでもない。
 
 
 
 
 ということで、少なくとも私にとっては、「じぶん更新に役立つ番組」というよりは「食事時に何となく視る番組」という位置づけになっている。とはいえ、ウィキペディアによれば、この番組は2013年4月5日から開始され、すでに10年以上続いている長寿番組になっている。それなりのファンも多いようだ。では、番組のどういうところが魅力になっているのだろうか、視聴者は何に期待し何を求めて視ているのか、私としては、個々の放送内容よりもこういった謎解きのほうに関心を向けたくなってしまう。
 
 ウィキペディアではこの番組は以下のように企画、取材されているらしい。
 
毎回ある1つの場所で72時間(3日間)に渡って取材を行い、そこで見られるさまざまな人間模様を定点観測するという趣向のドキュメンタリーである。
「ひとつの場所にこだわり、とことん密着することで、これまでの報道番組とは違う視点から現代のリアル≠描けるのではないか。」【番組プロデューサーの植松秀樹】
番組開始当初からの「3つのルール」として「72時間で撮影を終了」「時系列を崩さずに編集」「偶然の出会いで勝負」を守っている。
3日間の取材日数については「1日や2日では現場の感じが伝わりきらない。4日間以上となると、今度は取材クルーの緊張感が持たない」「結果的に72時間がちょうどよかった」と相対的な理由によるものであった。
 
 1月2日の日記にも記したが、この番組が真の「定点観測」であるかどうかについては疑わしいところがある。動物行動学などで72時間の定点観測をする場合は、72時間の間に起こったことのすべてを色眼鏡をかけずに公平に記録し、客観的な基準で分類、カウントしていく必要がある【これとは別に、特定の個体に注目して時系列的に行動の種類や頻度を観察する場合もある】。これに対して『72時間』のほうは、
 
ということで、この種の取材・編集で伝えられる現場は、ありのままの「リアル」な現場ではなく、特殊な事情という側面が切り出され、過度に強調される宿命を持っているように思う。もっとも、テレビ番組にはそれなりのニーズがあり、動物行動学のような厳密な基準を適用しなければならないということにもならない。あくまで取材に応じた人だけに限られる。取材を拒否した人たちの中にはもっと深刻な事情を抱えている人がいるかもしれないが、そうした人たちの話は聞けないし、仮に聞けても本当のことを語ってくれるわけではない。
その「定点」に集まって来る大多数の理由は平凡であり興味をひかれるものではない。放送される対象は番組制作者によって選ばれたものとなるため、結果的に視聴者が関心を向けるような「注目されやすい特殊な事情を抱えた人」が多く登場することになる。ま、これは普通の街角インタビューについても言えることで、放送で伝えられる「街角の声」というのはあくまで制作者の判断で取捨選択された結果であることを忘れてはならない。
 
 では視聴者は、この番組のどういうところに魅力を感じているのだろうか? ネットでざっと検索したところ、以下のような記事がヒットした【要約・改変あり】。
 
上掲の2番目のコンテンツは「どろんこパーク」回を取材・制作したディレクターの石谷岳寛さんと、番組チーフ・プロデューサーである篠田洋祐さんが番組の制作意図を直接語っておられ、大いに参考になる。【24時間や48時間でなく NHK「ドキュメント72時間」の魅力 毎日新聞・2022年9月23日。有料記事部分は見ていない】
芸能人でも有名人でもない、普通の人たちが語るリアルなエピソードを、自分の置かれた状況と重ね合わせて見る人が多い【2022年9月時点の制作統括者】
伝統的なテレビのドキュメンタリーが、作り手の設定したテーマに沿って、時間をかけて登場人物と人間関係を深めて取材していくのに対し、「72時間」は初対面の人に一発勝負で取材する。断られることもあるが、受け入れてくれた人には無理に話を聞き出そうとせず、丁寧にコミュニケーションを取っていくという。
録画視聴者を含めた「世帯総合視聴率」は平均すると6%前後で一定の支持を得ているという。
視聴者から寄せられた「72時間は社会をのぞく窓である」という言葉を【制作者の】篠田さんは気に入っている。
 
 
【NHK『ドキュメント72時間』は、なぜ愛される? 名作「どろんこパーク」の制作背景から探る。2023年3月3日】
自分【ディレクター】のライフステージに合わせて興味が変化しているんです。それは長く番組を見ている視聴者さんもおそらく一緒だと思っていて、自分のなかではそういう変化を利用させてもらいつつ、番組をつくっている感覚があります。
10年前に番組をレギュラー化させた当時のチーフ・プロデューサーからは、「私たちにはまだ知らない世界がある」というポリシーを受け継ぎました。テレビって、新しくオープンした人気の場所だとか、行列のできる何かに注目しがちですが、『72時間』の現場はそこではない。
たとえば、バス停は日本中にたくさんあるけれど、冬の稚内のバス停にはどんな人が来るんだろうという。そういった何かしらのエクストリームな要素でひと捻りを入れるときはありますね。
エクストリームを強調すると、テレビが狙う「変わったところ」性が際立ってしまう。だから放送当初はそのへんにあるファミレスとかコインランドリーを取材してきました。でも長くやっているので、同じコインランドリーであっても年越しの時期を狙ったりして少し捻りを加える。『コミケ(コミックマーケット)』が題材でも、会場自体ではなくてその近くのコンビニに密着したり。
基本的に定点観測的ですよね。それでふと思ったのが、アメリカを代表するドキュメンタリー監督であるフレデリック・ワイズマンの存在は意識されているのかなと。
『72時間』は必ずしも定点観測的とは限らないかもしれません。,,,【中略】...やはり基本は「知らない世界」に出会え、時代が見えること。3日間のなかで取材クルーが感じたことを視聴者に追体験してもらうことかなと。ディレクターが驚いたことは視聴者も驚けるというか。「発見した!」という気持ちは伝わるんですよね。
ドキュメンタリーの特性上、つくり手個人の主観が大きいんですよ。そもそもどんな現場を取り上げるかという選択自体が主観に左右されていますからね。その中で、「公共に資するものであるか」から外れなければ、むしろ制約は少ない気がします。
「『72時間』の人気の理由は?」というのはよく受ける質問なんですが、「出ているのが普通の方々だから」と答えています。テレビって、どうしてもスポーツ選手や芸能人のような有名人に軸足を持ちがちだけれど、この番組で中心にいるのは普通の市井の人たちで、だからこそ視聴者も共感したりすごく好きになってくれる部分があると思っています。人の営みは永遠に続いていくし、人の数だけ物語があるんですよね。
 なるほど、「定点観測」というと「現場で起こっていることを客観的に、公平に捉える」必要があると思ってしまうが、それだけでは新たな発見はない。例えば宮崎県・幸島でサルが芋洗いをするという事例も、あらかじめカテゴリー化された行動単位をカウントするだけでは発見できない。それぞれの個体の行動を個別に観察する中から発見されたものであろう。野生のチンパンジーの行動も同様【←人間以外の事例ばかりで恐縮】。なるほど、『72時間』の意義を、「普通の人たちの物語の発見」というように捉えれば、私の疑念も解消できる。私がボソボソ述べるまでもなく、制作者は「つくり手個人の主観が大きいんですよ。そもそもどんな現場を取り上げるかという選択自体が主観に左右されていますからね。」ということをちゃんと心得た上で番組を作っていることが理解できた。
 
 
 
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