【小さな話題】デジタル全盛時代の『手書き』の意味/手書きよりも漢字熟語の読みと生成を重視すべきでは?
1月8日の朝食時、NHK-BSで
●【2026年1月7日初回放送】NHK-G クローズアップ現代『#5085 最近、手書きしてますか? 最新研究が明かす“頭を動かす力”』
という番組の再放送をしていた。始まりの部分は見逃したがNHKプラスで視聴できたので、忘れないうちにメモと感想を述べる。
まず概要は以下の通り【要約・改変あり】。
- 街角で「(水分が)ジョウハツ」、「(雪が)フる」、「ゼンは(急げ)」などを手書きしてもらったが書けない人が続出。
- デジタル先進国だったスウェーデンは3年前に方針を大きく転換。読み書きを学ぶための最良の環境は、本・紙・鉛筆という考えを発表。その背景の1つは2000年と2022年を比較すると読解力PISAのスコアが515点から488点【←グラフの目盛りからの読み取りのため不確か】になるなど、デジタル拡充化後のの学力低下への懸念。情報端末を使う機会は残しつつ、手で書く時間を大幅に増やしている。
- アメリカでも方針転換が始まっている。
- 現在、約半数の州が手書きが必要になる筆記体の授業を義務化している。
- Giuseppe Marano ほか (2025).The Neuroscience Behind Writing: Handwriting vs. Typing—Who Wins the Battle? Life (Basel)15(3)<:345. 【無料で閲覧可能】
- 単語の綴りを考えて手を動かすことは意味を体で覚えることに繋がる。
- すると読む時、単語の意味を自動的に認識できるため、文章全体の理解もスムーズに進む。
- カリフォルニア州のある学校で手書きの授業を増やしたところ、6年生では標準以上の国語力を示す児童が18%から46%に増加。
- 筆記体で記された独立宣言やアメリカ合衆国憲法を直接読めるようにすべきだという意見もある。
- 筆記体を学ぶことで、筆記体で書かれた祖母のレシピが読めるようになるなど、先人の知恵にふれることができる。
- 大塚貞男さん(兵庫教育大学)によれば手書きは、
- 運動:指先や手の動き
- 触覚:紙の感触・筆圧
- 視覚:文字の形・配置
- 聴覚:音韻・ペンの走る音
というように複数の感覚が同時に働く。これらを脳で統合的に処理することをマルチモーダルと呼ぶ。この統合が脳を活性化させ、記憶を促し思考力の向上につながる。
- 日本の学校では教育用の生成AIを活用するいっぽう手書きをする時間は減少傾向にあるが、手書きの授業を新設する動きもある。葛飾区立東金町小学校では他の授業を5分ずつ削り20分を捻出して手書きの授業にあてた。
- ある書道教室では入会希望者が急増。生徒数が10年前の2.5倍になった。
- ある小学4年生生はタブレットで入力するほうが鉛筆で手書きをするより楽であると語る。
父親はある時、息子の手書きの字を見て、書くのが苦痛であるように見えたと語る。
- 「スマホを指で入力」「タブレットにペンで入力」「手帳に手書き」の3条件についてMRIで脳の活動を比較したところ、記憶面で「手帳に手書き」が有利であることが分かった【酒井邦嘉さん(東京大学)】
- デジタル機器では画面のスクロールなどで文字の位置が変わる。
- 紙に書かれた文字は書いた場所が固定されるので思い出しやすい。
- 私たちの記憶は周りにあるエピソード、体験を引き出すことで豊富に再現できる。その点では手書きの手帳は有利。
- デジタル入力と手書きを比較すると、
- 記憶:手書きの方が残りやすい
- 時間:デジタル入力のほうが速い
- 修正:デジタル入力のほうがしやすい
- デジタル入力のほうが「伝わりやすい」が、手書きのほうが気持ちを「表しやすい」
- 手書きを活用した『ジャーナリング』に参加している仕事帰りの会社員。使うのは紙とペンだけ。心に浮かんだ考えや感情をそのまま書き出していく。言葉を紡ぎながら思考を整理することが目的。タイピングと比べて文字を書くにも言葉を選ぶにも自然と時間がかかる。その余白がじっくりと考えることを促す。ジャーナリングを行ってきたことで自己理解が深まったという人も。
- デジタル全盛の時代に手書きが持っている意味について、スタジオゲストの大塚貞男さんは「人間らしさ」、糸井重里さんは「わたしの声」と答えた。
ここからは私の感想・考察を述べる。
まず私自身は現役時代から手書きの機会は殆ど無く、書ける漢字は小学生レベルに落ち込んでいる。もっとも、今のところ手書きで何かを始めようという気にはならない。
- タイプで入力すれば、必要に応じて辞書も瞬時に参照できるし、誤変換もすぐに訂正される。
- 何と言っても修正がしやすい。
- 引用もコピペで簡単にできる。
- 紙に書いたものは保管が面倒。
- 紙に書いた文章は検索ができない。
などなど。
私がワープロで文章を書くようになったのは1980年代以降であり、卒論(1975年)や修論(1977年)は手書きで執筆せざるを得なかった。手書きでは誤字の修正には白インクを使ったり、段落の入れ替えは原稿用紙を紙で切り取って貼り合わせるなど大変な労力を要した。いっぽう博論の頃には大形のワープロを借りることができるようになり大幅に手間が省けるようになった。ちなみに私の博論は、文学部としては最初にワープロを使って提出された博論である可能性が高い。
ということもあって、卒論・修論時代に手書きでさんざん苦労した私としては、今さら手書きの意義を唱えられても、もうこりごりという気持ちが強い。
今回の放送では、手帳への手書きと、スマホの指先入力、タブレットへのペン入力が比較されていたが、キーボード入力のメリット・デメリットについては言及されていなかった。指をカチカチ動かすこともかなりの運動になり、認知症の予防になるのではないかと思う。
今回取り上げられた「手書き」というのは漢字を書くことを意味していたが、漢字教育においては、
- 最初は平仮名で覚え、画数の少ない漢字から書き取りを学ぶ。画数の多い難しい漢字にはフリガナをつける。
- 画数にこだわらず、日常生活場面でよく使う言葉は漢字熟語としてそっくりそのまま読み方を覚える。書き取りのほうが必要に応じて少しずつ覚える。
という2つの方法があり日本ではずっと1.が採用されてきた。これに対して私は、
などを通じて2.の有用性を主張したことがあった。
今のデジタル社会では、子どもたちは、自分では手書きできないような複雑な漢字熟語を一発で入力することができるし、またそれを読むことも学習できる。なので、紙への手書きの練習に時間を費やすよりは、小学校低学年からより多くの漢字熟語の読みを学び、かつデジタル機器でそれらを生成することにあてたほうが、語彙力も作文力も飛躍的に伸ばせるのではないかと思ってみたりする。
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