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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 【2025年10月】オーストラリア南西部・フラワーハンティング(31)RACカリー・バレー・リゾート(2)湖を一周しビーデルップ滝を見る

 カリー・バレー・リゾートでは、到着日の夕刻と翌日朝の2回、レイク・ビーデルップを一周した。

 道は整備されており、一周は3.5km。一番奥まったところに『ビーデルップ滝』(写真下)があった。このほか道沿いでは珍しいオーキッドの花が咲いていた。

2026年2月19日(木)




【連載】3か月でマスターする古代文明(17)ヒッタイトの「鉄の帝国」神話(4)ヒッタイトはなぜ消えた?

 昨日に続いて、表記の番組についてのメモと感想。

 前回に続いて、

●2025年10月15日初回放送 (3)ヒッタイト “鉄の帝国”のヒミツ

を取り上げる。

 文字を活用し多民族の共生社会として500年にわたって繁栄したヒッタイトであったが、紀元前13世紀頃に突然消滅した。しかも粘土板に記録を残すことに熱心だったはずなのに、衰退・消滅の経緯は全く記されていないという。
 衰退の原因としてよく言われているのは『海の民』と呼ばれる異民族に滅ぼされたという説であるが、考古学の証拠としては当たらないと解説された。

 ここでいったん脇道に逸れるが『海の民』については、2024年4月に『フロンティア』という番組の感想として取り上げたことがあった。
  • 02日 フロンティア『古代文明 同時崩壊のミステリー』と『海の民』仮説(1)
  • 03日 フロンティア『古代文明 同時崩壊のミステリー』と『海の民』仮説(2)寄せ集め集団、干ばつと飢饉
  • 04日 フロンティア『古代文明 同時崩壊のミステリー』と『海の民』仮説(3)大地震と疫病、歴史の周期性
 この時の『海の民』についての結論は、

長期にわたる大規模な干ばつと飢饉、同時期に発生し数十年にわたって連鎖した大地震、一部の都市で発生した疫病、これらによって故郷を追われた人々が安住の地を探して移動を始めた。その中の一部の集団が都市を侵略、後に『海の民』と名づけられた。『海の民』は、移住者でもあり、侵略者でもあり、難民でもあった。文明同時崩壊の原因は、『海の民』と、同時期に多発した自然災害の複合によってもたらされたと考えるのが妥当なようである。

であった。今回の放送でも、ヒッタイト消滅の一番の原因は気候変動で大干ばつが何十年も続き、農業生産が低調になったためであると解説された。当時のアナトリア地方は雨水に頼る『天水農耕』に頼っており干ばつは大きな打撃となった。ヒッタイト末期の文書にはエジプトやシリアの属国に食糧を送るよう要請したものがあり、また碑文から当時内戦状態に突入していたこという記録もある。
 最新の研究によれば紀元前2000年以降の東地中海の降水量の推移を推定すると、ヒッタイトが消滅した時期には長い干ばつがあったことが分かっている。
 ヒッタイトは多民族・多文化・多言語の共生社会として500年にわたって繁栄したが、これはかなり微妙なバランスの上になりたっていた。強い国であったときは新たな他民族を受け入れる度量があったが、国の求心力がなくなると排除するようになる。干ばつが引き金であったとしても根本的な崩壊の原因は社会の分断であり現代社会にも通じるところがあると解説された。

 次回に続く。