謹賀新世紀

じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 昨日に引き続いて、日の出の写真(1/4撮影)。相変わらず雲の切れ目から。



1月3日(水)

【ちょっと思ったこと】

新世紀最初のお正月、あっけなく終わる

 今回はひさしぶりに岡山で正月を過ごした。帰省する時には往復で2日分の移動日が必要となるためまとまった仕事はできない、とすれば岡山に居れば1つぐらいまとまった仕事ができるかと思ったが、結局、昨年末から先延ばしになっていた報告書2篇、企画書1篇を書き、年末に提出のあった修士論文2篇にざっと目を通したのにとどまった。

 年末年始を通じて時間をとられるのは、やはり年賀状書きだった。賀状交換のネット化(1/15頃まで開設)は、思ったほどには機能しなかった。もともとネット上に掲示板(伝言板)つきのサイトを開設している人の場合には、わざわざ元旦でなくても、日常的にメッセージが交換できるので賀状は必要ない。1/1の日記にも書いたように、郵便経由の賀状では年に一度、一方通行だけの通信しかできないが、ネット経由であればその日のうちに何度でも交信を交わすことができる。義理ではなく内実をともなった挨拶を交わすためにこそネットの活用が求められる。裏を返せば、賀状というのは、「本来は関わりたくないが、義理を欠くので年に一度だけの挨拶にとどめておこう」という発想で出すべきものかもしれぬ。




スプーンの内側に映る鏡像は左右が逆か?

 夕食時に「平成教育委員会2001!」を見た。番組の中で面白いと思った問題の1つに、スプーンの凹面に自分の顔を映すとどのように見えるかというのがあった。

 正解は、「上下左右が逆になる」というもので、凹面に当たった光が斜めに反射することによって位置の入れ替わりがおこり逆に映るという説明。これ自体は小学生でも容易に理解できる内容であった。

 もっとも、「鏡像が左右逆になる」という表現には少々引っかかるところがある。要するに、実際には、自分の写真を逆さにしたのと同じ見え方をするだけ。写真を逆さにした時には「左右が逆になった」とは言わないはずだ。

 平面の鏡で「なぜ上下は逆にならず左右だけが逆に見えるのか」についてはweb日記などでもたまに取り上げられることがある。これは物理学ではなく心理学の問題になるかと思うが、平面の鏡と同じ座標系で論じるのであれば、スプーンに映った像は「上下が逆になる(左右は逆ではない)」と表現すべきではないかと思う。

 その他、番組で面白かったのは、現代史問題が得意なはずの舛添さん、国語問題が得意なはずの橋田さんがそれぞれのジャンルで高得点をあげられなかったこと。それから、これもどこかで聞いたことのあるクイズだが、「蛇、カエル、マングースの親子が川を渡ることになった。船には二匹しか乗せられない。子供どうし、大人どうしでは問題ないが、子供は自分の親と一緒に居ないとすぐさま他の大人に食べられてしまう。三組とも無事に川を渡るには何回かかるか。」という問題が面白かった。これをすこし組み替えて「三組の夫婦が居る。船には二人しか乗せられない。男どうし、女どうしでは問題ないが、配偶者が同伴していない男女はすぐさま浮気してしまう。三組とも無事に川を渡るには何回かかるか。」とするとどうなるのだろうかと思ったがまだ考えていない。