じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[写真] 成田〜福岡便(1/6搭乗)の機上からの景色の続き。今回は、広島大学周辺。左下は鏡山公園、左中はサイエンスパーク、中央から下のエリアが広島大構内で、白く輝いているのは、たぶん学士会館。


2月27(木)

【ちょっと思ったこと】

20年ぶりに映画館/ロード・オブ・ザ・リング

 2/27は14時から17時まで年休をとって、夫婦で映画「ロード・オブ・ザ・リング」を観に行った。

 高校時代は2週間に一度は通うほど映画好きの私であったが、最近は時たまレンタルビデオや録画で鑑賞するのみ。映画館まで足を運んだのは20年ぶりのことであった。

 訪れた映画館は、私が20年前に通っていた東京・渋谷の映画館とあまり変わらない古びたところで、出会った従業員は入り口で券を集めるお姉さん(売店も兼務)と、トイレを掃除していたおばさんの2名のみ(←これ以外におそらく上映係1名)であった。これでやっと経営が成り立つのだろう。

 私の高校時代と違って、いまや家庭でTV映画やレンタルビデオを好きな時に観られるようになった。あえて映画館まで足を運ぶことに違いがあるとすれば、第一に大型スクリーンと大音響、第二に、そしてこのことのほうがむしろ重要かと思うが、一定時間、観客はその場に拘束され、異次元の世界を体験できるということだ。家庭では、食事や雑用をしながら、あるいは、暇な時にテープを細切れに再生しながら観ることが多い。便利ではあるのだが、決して異次元に引き込まれることはない。

 もっとも、今回のように長時間(14時35分から17時35分頃)の上映となると、私のようにトイレが近い人間は少々困る。牛乳たっぷりのコーヒーをがぶ飲みしてきたこともあって、この日は、上映中に2回もトイレにいった。

 子供の頃は、映画館から出たところに再び現実の日常世界が広がっていること、にも関わらず、いつのまにか外が真っ暗になっているという変化があることが大きな驚きであった。この日は外はまだ明るかったけれど、ちょっぴり、その時のことを思い出した。




 2/25の日記に書いたように、じつはこの映画のことは最近まで全く知らなかった。題名自体、「The Lord of the Rings」ではなくて「The Road of the Rings」か「The Load of the Rings」だと思っていたくらいだ。

 この映画に関心を持った最大の理由は、タスマニアトレッキングの際にガイドのブライアン氏がたびたび、ここは「ロード・オブ・ザ・リングの○○のシーンにそっくりだろ」と言及したためである。原生林のシーンがあるならぜひ大スクリーンで眺めてみたいものだと思うようになった。

 前日までに、レンタルビデオで「前編?」をざっとチェックした限りでは、確かに映画の森林のシーンには、タスマニアそっくりの森があった。おそらくニュージーランドにもこういう森があるのだろう。

 いっぽう、今回の映画は、冒頭はおそらくニュージーランドの山岳地帯を一部CG化したものと思われるが、大平原や大峡谷は、むしろ、カラコルムハイウェー青蔵高原を思い出させるものだった。

 例えば、この映画の公式サイトの中に、アイゼンガルドでサルマンが後ろ向きになって軍勢を鼓舞している写真というのがあるが、これなどは、2000年8月に行ったフンザこちらこちらも参照]にまさにそっくり。

 映画そのものは、そもそも、主人公がなぜ最も危険な場所に向かわなければならないのかという必然性が分からず、もっぱら、壮絶な戦闘シーンに圧倒されるのみであった。それから、これは、映画と関係の無い一般論になるが、「悪」のみから成り立つ社会システムというのは、どのような宇宙にも存在しえないと思う。いかなるシステムも、それを維持し、必要に応じて再生産や繁殖を行う機能を持たなければ自己崩壊してしまうからだ。

 仮にこの世の中に、テロや大量破壊のみを目ざす勢力が現れ他国を焼き尽くしたとしても、その勢力が自らを維持・拡大するためには、やはりどこかで平和な生産活動が行われなければならない。1つの島に殺人犯人ばかりを集めて自給自足の生活をさせた場合でも、最後は、秩序あるコミュニティが形成されるだろう。要するに「悪」は、ある閉じた社会に外から攻撃が加わる場合、もしくはその社会の内側で構成員を脅かす要素が存在した時に名付けられる概念であろうと思う。映画と全く異なる話になってしまって恐縮。