じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
長崎・ハウステンボスの風景。チューリップ満開。いちばんよい時期に訪れることができた。 |
【思ったこと】 _30331(月)[生活]充実した3日間/思い出と重ね合わせて眺める景色ほど素晴らしいものはない 3/29の日記にも書いたように、今年の春休みは種々の条件が重なって、わずか2泊3日の短期間の旅行をするだけで終わった。しかし、懐かしい場所を訪れたり、気球初体験をするなど、充実した3日間を過ごすことができた。 北九州に着いた翌日は、1日早く帰る娘を小倉駅に送ったあと(今回は息子は補習のため留守番)、義父母と妻の4人で長崎に向かった。長崎に住んでいた時によく食べに行ったキムラヤキッチン(時津町の南にあるファミレス)で昼食をとろうと提案したが、妻は、キムラヤキッチンは美味しくない、せっかく長崎に来たのだから江山楼(原爆病院の対岸)がいいという。夫婦げんかの末、けっきょく、妻に従って江山楼へ。私はこの店のことはすっかり忘れていて、店の前まで来て、ああここだったかとやっと思い出した。この店は県外からお客が来た時に2〜3度訪れただけであったが、妻と私では記憶の残り方が違っていたようだ。 そのあと、懐かしい景色を楽しもうということで、わざわざ遠回りして、時津(とぎつ)町から大村湾近くの道を通って長与町に抜けた。途中で、あっと驚いたことに、キムラヤキッチンはすでに無く、スーパーに改装されていた(写真右)。妻の主張を受け入れて江山楼に行っていてよかったよかった。 ちなみに、キムラヤキッチン跡の道路の反対側には、昔よく観葉植物を買いに行った店があった。ここはきれいに改装されていて、ますます繁盛しているようだった。 時津から長与に行く途中には、これもまたよく訪れた寿屋時津店があったが、こちらはジャスコ時津店に様変わりしていた。 長与中心部の街並みや、岡山転任後に開設された中尾城公園の桜を眺めたあとは、5年間暮らしたことのある長与ニュータウンへ。最初の1年間借りていた家の跡、4年間住んだアパート、息子が通っていた幼稚園、倒産した西彼生協店舗跡(写真左)、通称「南公園」の桜[昨年3/29の日記参照]などを眺めて、子どもたちが小さかった頃の家庭生活を懐かしんだ。 この西彼生協の写真などもそうだが、本当に素晴らしい景色というのは、過去の思い出と重ね合わせができる景色のことを言うのだと思う。上のハウステンボスのチューリップも確かに美しいが、初めて訪れた場所で感じるのは「現前の美しさ」という表層的なものに終わってしまう。長く生きれば生きるだけ、こういう楽しみは増える。だからこそ、古い景色はなるべく残してほしいと思うし、それが叶わない以上、なるべく写真に撮って記録に留めておくのである。 長与町からは、新漁港〜外海町の東シナ海の景色を眺め、ハウステンボスへ。近隣の割安のホテルに泊まり、当日は夜景、翌日午前中はいくつかの施設で楽しんだ。中でもラッキーだったのは、高度120mという「ルフティバルーン」を体験できたことだ[写真左は浮かんでいる様子。別の塔から撮影、写真右は、ほぼ最高点からの眺め]。 人生50年間、気球には一度も乗ったことが無かった。ロープで結ばれているとはいえ、気球は気球だ。これは良い体験になった。なお、この気球は、待ち時間が非常に長い(私は朝一番にかけつけたが、すでに80分待ちと言われた。実際は50分後に乗れた)。また午後は強風のため、中止になることが多いらしい。もし行かれる方があれば、何はともあれ、開園と同時に乗り場に駆けつけることをオススメします。 昼過ぎに「出国」。北九州で高速を出て、いったん妻の実家で休息したあと、美東SA以外はノンストップで岡山に戻った。ハウステンボスからの走行距離はおよそ600km。運転時間は合計で6時間半。かなりくたびれた。 |