じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] [今日の写真] 時計台前の芝地で見かけたマツバウンランの群生。5月2日の日記にも写真を掲載したが、連休明けには一面のお花畑になっていてビックリ。

 写真左は、時計台前の黒正(こくしょう)巌先生の胸像。戦後、旧制六高校長時代、進駐軍が撤収して空き家となった岡山の陸軍第17師団跡地22万坪を、六高生250名を動員して「確保」したことで知られている。写真右は、昨日写真を掲載したアメリカフウの並木を時計台側から南方向に眺めたところ。



5月9日(火)

【ちょっと思ったこと】

台風1号発生

 デジタル台風によれば5月9日、台風1号(CHANCHU)がミンダナオ島の東で発生したという。

 デジタル台風経由でほぼ毎日、気象衛星画像を閲覧しているのだが、今年は例年になく台風の発生が遅く、どうしたことかと思っていたところだ。過去8番目に遅い記録だという。発生海域には、数日前から雲のかたまりがあり、少しずつ渦を巻き始めていた。こうしてみると、熱帯低気圧というのは、まず渦が発生して雲が増えていくというよりも、まず雲のかたまりが点在し、コリオリの力で渦ができあがり、臨界点を超えると渦自体のエネルギーで発達する、というプロセスを辿っていくことがよく分かる。

 なお、台風が左巻きであることとコリオリの力に関する詳細な解説がこちらにあった。コリオリ力は渦の向きを決めているだけであって、渦そのものは、緯度の違いによる空気の流れの差によって起こるらしい。

【思ったこと】
_60509(火)[心理]人間・植物関係学会での企画趣旨説明(1)

 人間・植物関係学会2006年大会まで残り3週間余りとなり、にわかに慌ただしくなってきた。昨日は、自前の写真を背景にしたポスターを印刷、学長室に贈呈したほか、関連学部の庶務係を回って掲示を依頼した。このほか、理事会の弁当のメニュー取り寄せ、会場となる五十周年記念館の貸し切り時間の最終確認など、雑用で走り回っているうちに1日が過ぎてしまった。余談だが、法人化後の諸規定の改正により、五十周年記念館を貸し切るとかなりの使用料を徴収されるようになった。3年前の日本行動分析学会岡山大会の時は、3日間全室貸し切り、エアコン使用で6〜7万円前後であったと記憶しているが、今回は1日半貸し切り、(経費節約のため)エアコン不使用、大会議室不使用としても10万円弱となるらしい。なおこれは、岡大の教員が実行委員長をつとめる学会年次大会の場合。岡大の正式行事、授業、公認サークルの演奏会などは使用料免除、いっぽう、岡大教職員が主催者とならない行事(民間団体のイベントなど)ではさらに高額の使用料が求められると聞いている(←あくまで長谷川の記憶に基づくので不確か)。

 さて、この大会初日の公開シンポ「人間・植物関係における質的研究の意義と可能性」では、私自身が企画趣旨説明を行うことになっている。30分程度の時間の中で
  1. 実験的方法の意義と限界
  2. 質的研究の概略
  3. 質的研究の意義と可能性
  4. 長期的視点を持つことの重要性
について「簡単にふれる。」と届け出ているが、30分以内でこれを喋りきるのはたぶん困難。そこで、詳細部分については、私自身の紀要論文別刷などを資料としてお配りすることとし、実際には、具体例を挙げてなるべく分かりやすく話をできればと思っている。




 人間・植物関係の研究というと、主として、園芸活動の心身への効果、あるいは園芸療法の効果検証の話題が真っ先に浮かぶが、そうは言っても、これを直に取り上げて実験的方法の意義と限界を論じると、その後に続く個人発表の一部を批判しているのではないかという誤解を与えかねない。そこで、今回は、園芸活動とは直接関係の無い「一泊温泉旅行の効用」あたりを具体例に取り上げようかと思っているところだ。

 「一泊温泉旅行」の効用を科学的に検証する際、自然科学系の研究者がまず思い浮かべる実験的方法は、
  1. 血圧、唾液成分、乳酸、その他種々の生理的指標、あるいは質問紙テストなどで、対象者(研究協力者)の「心身の状態」を客観的に測定。
  2. 対象者をランダムに2群に分け、実験群の被験者には、一定回数、一定の泉質のお湯に入ってもらう。対照群(統制群)の被験者には、蒸留水を同じ温度まで沸かしたお湯に、同じ回数入ってもらう。
  3. 入浴後に、上記1.と同じ測定を行う。実験群と対照群の間で測定値の平均値に有意な差があれば、温泉に入る効用が実証されたと結論。
という手続であろう。確かにこれによって、ある種の効用は「検証」されるかもしれない。しかし、その方法は、「一泊温泉旅行」によってもたらされると想定される複合的かつ全体的な効用のほんの一部を「検証」したにすぎない。また、仮に、上記の方法では何1つ有意差が認められなかったからと言って「一泊温泉旅行」は無駄であると結論できるものでもない。




 では、「一泊温泉旅行」の基準を明確に定めた上で----------例えば、宿舎に何時間以上滞在するとか、その宿舎では何回入浴するとか、食事とアルコールの量はどのくらいとか----------、そのパッケージ効果が実験的に確認できれば、全体的な効用を検証したことになるのか?

 確かに、そのような実験的検証は、当該旅館の宣伝としては使えるかもしれない。しかし、そのやり方では、パッケージのどの要素が効果をもたらしたのかが明確にできず、けっきょく、当該の「実験条件」以外への一般化ができない。せいぜい「客観性レトリック」の手段として利用されるだけであろう。

 時間が無くなったので、次回に続く。