じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] 大学構内のコメツブツメクサ(米粒ツメクサ)の群生。2001年4月22日の日記で「コメツブウマゴヤシ」という名前で御紹介したが、こちらの解説を見ると、どうやら、コメツブツメクサが正解だったようだ。決め手は背の高さ。念のため、「コメツブツメクサの葉はほとんど無毛、コメツブウマゴヤシの葉は表も裏も、細い白い毛が生えています。」など、他の見分け方で再度チェックしてみたい。



5月10日(水)

【ちょっと思ったこと】

シュワスマン・ワハマン第3彗星

 シュワスマン・ワハマン第3彗星が5月12日に地球に大接近するという。当日はあいにく月明かりのために見えにくいが、双眼鏡を使えば、ぼんやりした形くらいは確認できるのではないかと思う。

 アストロアーツの案内図によれば、5月11〜12日頃は、いちばん明るいB核はベガ(おりひめ星)の近く、次に明るいC核は夏の大三角形の内側にあり、5月15日までにはすべての核が夏の大三角の斜辺の下側に移動する。このところ梅雨空を思わせるようなスッキリしない天気が続いているが、岡山では5月11から12日にかけての夜は何とか晴れそう。夜中に目が覚めたら眺めてみたいと思う。

【思ったこと】
_60510(水)[心理]人間・植物関係学会での企画趣旨説明(2)

 まず、会場の使用料のほうだが、節約のため、理事会以外では会議室を使用しないことを決定、それでも1日半、エアコン不使用で8万4500円程度という見積もりが出た。気象庁の統計によれば、6月4日の気温の平年値は、最高気温26.5度、最低気温17.2度ということなので、通常はエアコンは要らないはず。数日前の天気予報をチェックした上で、高温が予想される場合は追加利用を申請することにしよう。このほか、ポスター発表用の衝立(パネル)をどうやって確保するのか、日曜日の弁当をどこに頼むかを検討中。ま、そうは言っても、2003年の行動分析学会岡山大会開催の時に比べればかなり楽である。




 さて、昨日の日記の続きであるが、私自身が担当する企画趣旨説明(30分)ではまず、「温泉一泊旅行の効用」をネタに、実験的方法の限界について述べようと思っている。昨日述べたことのまとめを兼ねて、私が指摘したいのは
  • 「一泊温泉旅行」によってもたらされると想定される複合的かつ全体的な効用のほんの一部しか「検証」できない。
  • パッケージ効果の検証は、当該パッケージを宣伝する効果はあるが一般化は難しい。
  • 実験的方法は、ガーゲンらの言う「客観性レトリック」の一手段としては有効。つまり、行政から補助金をもらう時とか、「何も検証されていないではないか」という批判に応える時には----------「これこれの実験により有意差が出たという実験論文が学術雑誌に掲載されていますよ」というように---------、役に立つ場合もある。但し、そういう結果を積み重ねたからといって、現場での実践活動に有益な情報が与えられるとは限らない。
  • 実験的方法は、実験条件統制上の時間的制約----------一定の人数の実験協力者(被験者)の行動を長期間拘束するわけにはいかないし、長期になればなるほど統制不可能な外部要因の影響を受けやすくなり、群間の比較が難しくなる----------、予算上の制約、短期間で成果を上げる必要----------年度内に成果をまとめて発表しないと研究費がもらえない、修論・博論が書けない.....etc...-----などがあり、検討対照が短期的な効果に限定される恐れがある。
  • 検討対象が、実験的に統制しやすい要因、しかも、人工的な環境下での単一要因だけに絞り込まれてしまい、そこからはみ出る諸要因については手を出さず「今後の検討に期待したい」というように他人任せにしてしまう傾向が出てくる。
といった問題である。ここで私は、実験的方法が間違っているとか、無駄であると言っているわけではない。実験的方法でもそれなりの研究成果は得られるが、それは、研究対象をごく一部の側面を捉えようとしているにすぎない。もっといろいろなアプローチがあっていいのではないか、もっと別の側面にも研究のエネルギーを注ぐべきだということを指摘しておきたいのである。

 上に述べた「一泊温泉旅行」の例でも、例えば
  1. 温泉旅行に出かける前、そのことをどういうふうに「楽しみにしていたか」。つまり日常生活行動に対して、「温泉旅行」というイベントはどう機能していたか。
  2. 旅行中、他の人たちやその土地の環境とどのように関わったか。
  3. 旅行後、それらの体験はどのように語られたか。
  4. ずっと後になって、その旅行はどういう「思い出」として意味づけられているか。
といった問題はすべて、意味のある研究対象である。温泉の泉質の効能が実験的に検証できなかったとしても、上記の4点で何かしら効果が確認できるならば、それもまた価値のある研究成果として認められなければならない。




 園芸活動あるいは園芸療法の場合も同様である。もちろん、これまでの人間・植物関係学会の諸発表やシンポの中でも、さまざまな形の質的研究や、長期間、時には何世代にもあたる「人と木のつきあい」(2005年鶴岡大会のシンポ参照)が紹介されたことはあったが、まだまだ、新たに取り入れるべき方法が残っているように思われる。今回のシンポでは、その1つとして、松本光太郎氏から、ご自身のフィールドワークをふまえた、「取り囲まれながら出会いつつ」という環境(植物)のあり方について話題提供をいただき、多様かつ豊富な情報を引き出すための質的研究の可能性を広げていきたいと考えている。

 というような内容でたぶん30分間が過ぎてしまうのではないかと予想している。実際の質的研究の経緯や内容については、紀要論文等の資料を配布することで、話せなかった部分を補いたいと思う。