じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] 大学構内で見かけたキノコ。楠の根元に菌輪を作っていた。カラカサタケの一種ではないかと思うが未確認。どなたか種名をお教えいただければ幸いです。


7月6日(木)

【思ったこと】
_60706(木)[教育]高等教育セミナー(1)新構想大学30余年

 FD関係のセミナーの1日目。従来、この種のセミナーに参加した時には、講演内容に細かく言及して私自身の意見や感想を述べることにしているのだが、今回は参加者限定かつ有料であったことを考慮し、具体的な固有名詞は出さず、一般化可能で差し障りの無さそうな内容に限って感想を述べることとしたい。




 この日の講演のトップは、30年余り前に導入された新構想大学の教員組織についての総括と、法人化後の更なる再編に関する話題であった。

 某・新構想大学と言えば、30数年前、教授会主体の伝統的な学部の枠を取っ払い、学群(クラスター)、学類、学系という新しい体制を作り上げたことで知られている。

 この新構想は、その頃の海外の大学における最新のシステムをモザイク的に取り入れたものであり、当初は、1つの学部、1つの建物、法人化、...といった構想もあったが、種々のしがらみから、もう少し細かい学群に分けられ、法人ではなく国立大学として出発した。

 しかし、その後、この種の教員組織を取り入れる大学は殆ど現れなかった。そしてつい最近の国立大法人化や設置基準改正によって、やっと、従来の小講座制、大講座制、学科目制等から、「新構想」形式に教員組織を再編する大学が雨後のタケノコのように出現しつつある。他大学ではなぜそのような再編ができなかったのか、最近になってなぜ再編の取り組みが始まったのか、またその際に、新構想大学の経験は活かせるのか、というあたりが興味の対象であった。

 余談だが、「学類」、「学系」というのは正しい呼び方ではないらしい。本来は、「○○学」という「学」についての「類」や「系」、例えば「医学類」というのは「医」+「学類」ではなく、「医学」+「類」である。じつは「学部」というのも「○○学」の「部」、例えば、「文学部」は「文学」の「部」という意味らしい。となると「学部長」ではなく「部長」が正しい呼称ということになるが、今更変更は無理かもしれない。




 さて、私が理解した範囲で感想を申し上げれば、某・新構想大学の教員組織は、総合大学として必ずしも成功とは言えない面があるようだ。

 その1つの原因は、ポストは学群に配置されていたにもかかわらず、実質的に学系が人事権を持ち、そこで研究業績主体の採用が行われたことにあるようだ。学部という枠を取っ払っても、人事の選考単位が狭い研究領域に限られている限りにおいては、どうしても、硬直化、固定化、棲み分けが起こってしまう。なお、法人化後は学系の人事権は無くなった。最近、同じモデルに移行した別の地方大学でも、学類が人事権を持つように改革されたそうだ。

 もう1つの原因は、専門分野の違いにより教員組織のサイズがマチマチであったこと。中には200人規模の大サイズの学系もあったとか。サイズがあまり大きくなると競争原理が働きにくくなるほか、おそらく、多数派工作や、その結果としてのポピュリズム、棲み分けや自己保身といった弊害が生じてくるものと推測される。

 総合大学において、あらゆる研究・教育分野を同一の組織形態で構成するというのは無理があるのでは?、というのが私の考えである。一口に総合大学と言っても、リベラルアーツ重視と、ポリテク型の教育機関では、カリキュラムも、教員に求められる資質・業績も大きく異なる。質疑の時間にも質問させていただいたことであるが、この新構想大学の教員組織は、どういう研究・教育分野の充実・発展に寄与したのか、どういうところでは逆に停滞をもたらしたのか、精密な総括が求められるのではないかと思う。





 さて、以上は教員組織に関わる部分であったが、新構想の教育プログラムはどうであったか。伺ったところによれば、学類によっては、他の学類の授業科目を4割も履修する学生が出ているようで、学際的な教育という点では成功を収めているようだ。但し、これは結局、過去30年余りの卒業生が、伝統的なカリキュラムの教育を受けた他大学卒業生に比べてどういう点で活躍しているのか、長期的な視点からの成果検証が求められるところだ。

 もう1つ、30年余り前に打ち出された新構想では、大学院5年一貫制博士課程というのも大きな目玉であった。しかし現実には社会的ニーズなどもあり、2年目で「中間論文」として修士号を獲得し、中退して就職というケースを取らざるを得なかった。法人化後の再編ではけっきょく、5年一貫性から前期・後期区分制へ移行する模様である。

 このほか、教育関係で参考になりそうな点としては、
  • 外国語関連授業では検定試験制度が導入されており、授業では合格しても検定試験に合格しないと単位が認定されない。
  • オナーズ・プログラム(飛び入学など)は結局実現しなかった。
  • 3学期制は法人化後も維持された。但し、これは、教育効果を考慮したというだけではなく、7月の酷暑期前に授業を終えるという省エネ対策も反映しているらしい。
などを挙げることができる。




 このほか、雑学として役立ちそうな情報をいくつか。
  1. 最近、大学院重点化の中で、「○○大学△△学部教授」から「○○大学・大学院△△研究科教授」への配置換えが進んでいる。日本では学部教授よりも大学院教授のほうが格が上であるように受け取られているが、米国の教員組織から言えばむしろ「大学院担当教授」のほうが「格下」らしい。
  2. 種々の研究・教育分野あるいは領域の中で「社会○○学」と名のつくものはdisciplineが不明確で問題が多い。
  3. 某・新構想大学では、全学の会議が全部で51あるとか。同じ規模の別大学では会議の数が半分である。そこで、某・新構想大学では、会議の数を減らすことを検討する会議を新たに設置したが、種々の議論の結果、どの会議も重要であって減らすことができないという結論に至った。皮肉なことに、「会議を減らすことを検討する会議」が1つ増えただけに終わった。
  4. 入学定員を上回る入学者があると授業料収入は増えるが、その分、運営費交付金が減らされる。
 ちなみに、上記1.と2.に関することだが、私自身は、今年の4月から、「文学部教員」から「大学院・社会文化科学研究科教員」に配置換えとなっている。



 長々と書いたが、新構想大学は30余年の経験を踏まえて、いま、新たな再編を進めているとのことだ。今後の御発展に期待したい。