じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 西寧は2002年8月に一度宿泊したことがあったが、この時は夕刻着、翌朝には飛行機で出発という日程になっていたため、観光は全くできなかった。

 写真は、今回初めて訪れた青海省博物館前の広場。たくさんの人々がいくつかのグループに分かれて、スピーカーから流れる音楽に合わせて体操をしていた。日本で言えばラジオ体操大会。中高年の女性の参加者が多いように見えた。



1月7日(月)

【ちょっと思ったこと】

規則的な日課に戻る

 チベットから戻ってしばらく、早起きができない状態が続いていたが、8日朝から、05時起床、05時半頃から早朝の散歩、その後、モーサテを視ながら朝食、06時半すぎからWeb日記執筆、...という規則的な日課を取り戻すことができた。

 しばらく早起きができなかったのは、わずかながら時差の影響を受けていたためと思われる。日本と中国の時差は1時間であるが、ラサは北京より遙か西の東経91度前後に位置しており、日本国内とは実質3時間の時差があった。北南米に旅行した時ほどの顕著な時差ボケは無いが、早起きが辛くなるといった若干の影響を受けるようだ。

 なお、旅行中はあまり身体を動かす機会が無く、また、中国料理をたらふく食べていたため、体重、体脂肪がまたまた人生最悪水準(←じぶん比)に戻ってしまった。直近の体重は65.2kg、体脂肪率は22.5となっている。なお、標高3000メートル以上の高所に一定日数滞在すると体脂肪やコレステロールが減少するという「伝説」があるが、私個人でこれが「実証」されたのは、2002年8月の旅行のみであり、その後のボリビア、アンデス、チベット旅行などではいっこうに減少効果が現れなかった。

 これにめげず、今年は、職員定期健診の直前ではなく、年間を通じて、ダイエットに励みたいと思っている。昨日も述べたように、毎週末に1回程度の頻度で、近郊の山登りを継続させたい。

【思ったこと】
_80107(月)[旅行]冬のチベット(4)チベットの寺院と観光

 今回のツアーでは、
  • タール寺(塔爾寺、西寧近郊)
  • チュタン寺(瞿雲寺、西寧近郊)
  • ポタラ宮(ラサ)
  • ノルブリンカ宮殿(ラサ)
  • ジョカン寺(大昭寺、ラサ)
  • アニ・ツァングン寺(尼姑寺、ラサ)
  • デプン寺(哲蚌寺、ラサ)
  • セラ寺(色拉寺、ラサ)
  • サムエ寺(ツェタン)
  • ヨンブ・ラカン(雍布拉康、ツェタン)
  • タントク寺(昌珠寺、ツェタン)
というように、たくさんの寺院や宮殿を観光した。これらはいずれも入場料を徴収しており、京都の拝観寺院とよく似ていた。また、これらの寺院の建物内部は、原則として撮影禁止、もしくは10元から60元(日本円で言えば175円〜1050円程度)の撮影料を徴収していた。

 チベットのお寺と言えば、以前、カム・アムド・黄河源流域のお寺を何カ所も訪れたことがあったが、その時には、入場料をとられることは稀であり、また、仏像や壁画も大部分、自由に撮影させてもらえることができた。もっとも、当時、あのあたりの寺院は、観光客が訪れることは殆ど無かった。今でも同じような素朴な雰囲気が保たれているかどうかは定かではない。

 今回訪れた季節は、どのお寺・宮殿にもたくさんのチベット人巡礼者が訪れており、信仰の対象であるという強い印象を受けたが、そのいっぽう、観光客がもたらす収入もかなりの額にのぼるのではないかと推測された。

 じっさい、いくつかの寺院の入口には土産物屋や露店が並んでいた。観光客が大勢訪れれば、ホテル、観光バス、飲食店、旅行社といった観光産業が盛んになっていく。お寺自体も、拝観収入が増えることで多くの僧侶を住まわせることができ、その僧侶たちの活動は、競争社会でくたびれた人々に対してセラピストとしての役割を果たすことになる。チベットの伝統文化が失われていくことは残念であるが、現代社会にマッチした形でチベット仏教が新たな発展を遂げる可能性はあるようにも思われた。

 ま、そうは言っても、個人的には、観光地化した寺院というのは私の好みではない。もし、自分自身が修行をするのであれば、徳格〜セルシュや、セルシュ〜玉樹あたりの、純朴な風土の中で過ごしたいものである

 次回に続く。