じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
【思ったこと】 _80711(金)[心理]「じっとして動かない」は行動か?(3) 昨日までの日記では、 ●じっと動かずに獲物の出現を待つ というような事例を挙げた。こうした状態は、断片的に捉えれば、「動く」という行動が出現していない状態と見なすことができるし、もし動けば好子消失になるという点で弱化されることも間違いない。しかし、狩りをするという一連の行動の流れで見れば、能動的な行動連鎖の1コンポーネントであると考えることができる。 同じような事例としては、 ●隠れんぼで遊んでいる時、鬼に見つからないように隠れてじっとする ●大地震の揺れがあった時、頑丈な机の下にもぐってじっとする ●逃走中の泥棒が、警察に見つけられないように隠れる などを挙げることができる。いずれの場合も、「じっとして動かない」こと自体は、それほど苦痛ではない。長時間経過した場合に退屈し、不自由な姿勢で筋肉痛を起こす程度で済むだろう。 これに対して、「苦痛に耐えながら我慢する」というタイプの「じっとして動かない」もありうる。歯科の治療台で、歯を削られる痛みに耐えてじっとしているというのはその一例であるし、 ●蒸し暑い場所でじっと座って順番を待つ ●修行のため、滝に打たれながらじっとしている ●苦痛に耐えながらじっと我慢して胃カメラの検査を受ける なども同様であろう。 これらは共通して、苦痛を与える何らかの嫌子が現に存在し、それから逃れようとする行動が「嫌子消失の随伴性」で強化されやすい状況に置かれていると考えることができる。「じっと我慢をする」というのは、敢えてそういう逃避行動を制止している状態のことを言う。 「じっと我慢をする」ことは、
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