じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
雷雨と虹
7月28日の岡山(岡山県岡山市)は、前日に続く猛暑となり、最高気温は全国第三位の37.5度まで上がった。しかし、15時頃になって、入道雲がニョキニョキと湧きあがり、じきに北西の空が真っ暗となり、17時〜18時頃に合計32ミリの雨量を観測した。一部ヒョウも混じっており、15時に35.2度あった気温は、16時には29.1度、18時には25.1度と、一気に10度も低下した。写真右は、18時30〜40分頃に出現した虹。なお、この虹は上端が途切れていて、円弧というより柱のように見えていた。 |
【ちょっと思ったこと】
クマゼミは何時から鳴き始めるか(2) 昨日の続き。7月29日(火)は、5時半前後の日の出の頃にはちょうど東の空が曇っており、蛙とスズメの鳴き声が聞こえるのみであった。クマゼミが一斉に鳴き始めたのは6時半頃からであり、昨日より1時間も遅かった。ということで、クマゼミの鳴き始めの時刻は、その日の朝の天候にも左右される模様である。但し、29日朝の場合は、前日にかなりの雨が降って地面が水浸しになっていたため、一般的な曇りの人は条件が異なる。さらに観察を続けたいと思う。 |
【思ったこと】 _80728(月)[心理]競争と資源と集団(3) 昨日の続き。 今回は、少々脱線して、拡大再生産過程と縮小再生産過程のそれぞれにおける個人の振る舞いについて考えみることにしたい。ここでいう拡大再生産過程とは、企業であれば生産量が拡大し、従業員が増え、個々人の収入が増えるような過程のことをいう。縮小再生産はその逆であり、生産量が減り、倒産の危機に直面し、賃金カットやポスト削減を強いられるような状態のことを言う。 国家レベルであっても、企業であっても、あるいは大学の中の小さなサークルであっても似たり寄ったりではないかと思うのだが、人々は、拡大再生産の過程にある時は、みな気前がよくなり、利他的な行為が増え、指導者を信頼し、組織全体の繁栄のことにも目を向けるようになる。いっぽう、縮小再生産の過程では、人々はまずは自己や身内を最優先に考え、結果的に他者への配慮が減り、組織全体よりも、組織の中での保身を図ろうとするものである。 こういう現象は、少子化時代における大学改革の意志決定システムやその方向性にも大きな影響を与える。 大学が、拡大生産過程にあって、ポスト拡充や施設整備を重視し、それに見合った受験生が集まってくるような状況にある時は、大学構成員の多くは、自らの役割を鮮明にしながら組織に貢献し、また大学全体のことに目を向けるようになるだろう。いっぽう、縮小生産過程にある時は、まずは、自らの地位・立場の保身を図り、次には、自己のディシプリンを守ろうとする。学部の構成員全員の意思で何かを決めようとしても、けっきょくは、自己保身の総和による妥協と棲み分けの道しか選ぶことができない。学部長自身も、学部構成員から選挙で選ばれている限りにおいては、大胆な改革には踏み出せないしがらみがある。 例えば、ある学部で10人の教員の削減を迫られたとする。本来であるならば、その大学・学部の置かれている状況、学生・受験生からの期待や社会的ニーズなどにも配慮し、教育上必要と思われる領域のポストを重点的に配置し、相対的に必要度が低いと判断される領域からポストを削減するという手だてをとるべきであろう。少なくとも民間企業であればそういう方向を選ばざるを得ない。しかし、全構成員の協議の場で決定をする方式をとる限りにおいては、そういう全体的な視点を持つ余裕はない。これに代わってしばしば選択される道は、「定年退職者が出たら後任を補充しない」という「痛み分け」である。ということもあり、大胆な改革を推し進めようとする場合は、嫌われ者になることを覚悟の上で、構成員の多数の反対を押し切り、不退転の決意でそれに臨むほかはない。八方美人的な対応では、何も前に進まないのである。 ところで、拡大再生産、縮小再生産のほか、最近では「持続可能」とか「サステイナビリティ」という考え方も広く知られるようになってきた。「サステイナビリティ」は決して縮小再生産ではなく、どちらかと言えば、緩やかな発展を織り込んだ持続ということになる。しかし、人間行動のレベルでこうした科学にマッチさせていくためには、縮小再生産の過程で人間がどのような醜い振る舞いを見せるか、その醜さを解消するためにどういう手だてが必要かということも検討していかなければなるまい。 次回に続く。 |