じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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イチョウの雄花

 毎年この時期になると、イチョウ並木の雄花が落下し、地面を絨毯のように覆う。昨年の写真は2008年4月24日の楽天版にあり。今年はちょっと早め。



4月21日(火)

【思ったこと】
_90421(火)[一般]裁判員制度について考える(3)我々は凶悪な出来事にどこまで関わる義務があるのか?

 裁判員制度で私がいちばん気に入らないのは、この制度が、国民の自発的、主体的、任意の参加に基づくものではなく、嫌がっている人を含めて強制的に駆り出し、異常で残虐な出来事に関わらせることを前提としていることである。裁判員制度にいかなるメリットがあったにせよ、こうした強制は断じて納得できない。

 もちろん、こちらの説明にあるように、実際に裁判員に選ばれる前には
  1. 【前年の秋頃】各地方裁判所ごとに,管内の市町村の選挙管理委員会がくじで選んで作成した名簿に基づき,翌年の裁判員候補者名簿を作成します。
  2. 【前年11月頃】裁判員候補者名簿に記載されたことを通知します。この段階ではすぐに裁判所へ行く必要はありません。また,就職禁止事由や客観的な辞退事由に該当しているかどうかなどをたずねる調査票を送付します。
    調査票を返送してもらい,明らかに裁判員になることができない人や,1年を通じて辞退事由が認められる人は,裁判所に呼ばれることはありません。
  3. 【事件が起こり(起訴された後)】事件ごとに裁判員候補者名簿の中から,くじで裁判員候補者が選ばれます。
  4. 【原則,裁判の6週間前まで】くじで選ばれた裁判員候補者に質問票を同封した選任手続期日のお知らせ(呼出状)を送ります。裁判の日数が3日以内の事件(裁判員裁判対象事件の約7割)では,1事件あたり50人程度の裁判員候補者にお知らせを送る予定です。質問票を返送してもらい,辞退が認められる場合には,呼出しを取り消しますので,裁判所へ行く必要はありません。
  5. 【裁判の当日】裁判員候補者のうち,辞退を希望しなかったり,質問票の記載のみからでは辞退が認められなかった方は,選任手続の当日,裁判所へ行くことになります。裁判長は候補者に対し,不公平な裁判をするおそれの有無,辞退希望の有無・理由などについて質問をします。候補者のプライバシーを保護するため,この手続は非公開となっています。
というように、いくつかのステップの中で辞退が認められる可能性がある。しかし、ここで重要な点は、国民の側には、任意に辞退する権利が与えられていないということである。くじで選ばれた人たちが辞退を希望する場合には、自己のプライバシーを晒し、どうか辞退させてくださいと頭を下げて許可をもらわなければ徴用から逃れることができない。

 この問題点については、2008年5月14日の日記で、
 裁判員になりたいという人が立候補し、所定の要件を満たしている人の中から無作為に選ぶというなら大いに賛成だが、この制度、どうやら、きっちりとした理由が無いと、辞退できない模様である。要するに徴兵制と同じようなものか。ま、外国から侵略があった場合には徴兵もやむなしとは思うが、さて、それと同じレベルで国民全員を裁判員に駆り出す必然性がどこにあるのだろうか。

 この制度が始まった場合にいちばん危惧されるのは、裁判員になった人が、審理の中で、遺体の解剖写真や凶器、残酷な犯行場面の再現などを見せられ、それがもとで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になる可能性がきわめて高いことである。最高裁は、殺人事件などの審理で精神的ショックを受けた裁判員を対象に、24時間態勢の無料電話相談窓口や心理カウンセラーによる面談を受けられる「心のケア・プログラム」を設ける方針を決めたというが(産経ニュース、2008.5.12 08:24発信)、いくら電話相談やカウンセラーが応対したからといってそれで治るというものではなかろう。
と述べたことがあり、1年をふりかえるための2008年12月31日の日記でも、
裁判員制度の問題点についてはこの日記で何度も論じているところである。いずれ、連載形式で自分の考えをまとめようと思っている。とにかく、現行の裁判員制度は徴兵制と同じ。国政選挙で棄権してもとがめられないのに、凶悪事件の裁判に関わることがなぜ国民全員の義務になるのか私にはさっぱり分からない。
と書いたことがあった。




 さて、上掲の日記で裁判員制度は現在の徴兵制であるというようなことを書いたが、私は、徴兵制自体は時と場合によっては悪いことだとは思っていない。もちろん、外国を侵略するための戦争に国民を駆り出すというなら断固として反対するが、外国のほうから侵略してきたというようなことがあれば、すべての国民は一丸となって国を守ることが必要であろう。そのさいに、自分は平和主義者だから戦いたくないといって家に籠もったり、第三国に逃亡してしまうというのは望ましくないことであると思う。

 もちろん今の日本でも、拉致事件が未解決であるとか、上空をミサイルが飛ぶというような看過できない問題も多々あるが、基本的には平和な状態が保たれており、その中で、国民は、可能な限り平穏な生活を続ける権利を有していると思う。

 そう言えば、小学校の頃に、「国民の三大義務」というのを習ったことがあった。ウィキペディアで復習すると、これは、教育の義務(憲法26条2項)・勤労の義務(27条1項)・納税の義務(30条)の3つであるという。

 憲法上、日本国民は、「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」を果たし、 勤労の権利を有し義務を負い、一定以上の収入があればきっちり納税しなければならない。しかし、それらさえ果たせば、他者に迷惑をかけない限り、どのようなライフスタイルで生活をしても自由であり、そのことは憲法13条でも、権利としてちゃんと認められているのである。

憲法第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 であるからして、我々は、第三者に迷惑をかけない限り、あるいは、法律違反で家宅捜索を受けたり脱税で税務調査を受けない限りは、自己のプライバシーを晒す義務は負わないし、第三者が起こした凶悪事件に関わる義務も負わない。関わるかどうかはあくまで個人の自由であるはずだ。

 しかし、今回の裁判員制度は、山奥で平穏な自給自足生活を続けている人や、宗教上の理由で俗世間との関係を一切絶ちたいと思っている人たちまでをも、本人の意に反して裁判所に引きずり出す可能性がある。また、当人が辞退を希望する場合にはプライバシーを晒して許可を請わなければならず、万一、虚偽の辞退理由を述べれば罰せられることになる。極論を言えば、裁判員になることを辞退した場合、国家権力は、辞退理由が虚偽でなかったかどうかを個人の私生活の隅々にわたって調査し、違反者を逮捕してもよいことになってしまうのだから恐ろしい。




 余談だが、そもそも上掲の
【前年11月頃】裁判員候補者名簿に記載されたことを通知します。この段階ではすぐに裁判所へ行く必要はありません。また,就職禁止事由や客観的な辞退事由に該当しているかどうかなどをたずねる調査票を送付します。
という段階で、客観的な辞退事由に該当しているかどうかは、どこまで証明責任が求められるのだろうか。現実に、辞退理由が虚偽であるかどうかを調査するだけの人員が確保されているとは思えないし、文面上、辞退理由を証明する書類の提出は求められていないようにも受け取れる。

さらに、
【裁判の当日】裁判員候補者のうち,辞退を希望しなかったり,質問票の記載のみからでは辞退が認められなかった方は,選任手続の当日,裁判所へ行くことになります。裁判長は候補者に対し,不公平な裁判をするおそれの有無,辞退希望の有無・理由などについて質問をします。
という部分で、仮に裁判員候補者になった人が、その重責に堪えかねて前夜から一睡もできず、当日の朝に体調を崩して裁判所に出頭できなかった場合、単に「体調を崩して行かれません」と言えばそれで済むのだろうか。それとも医師の診断書をとらないと「ずる休み」と見なされるのだろうか。

 もし、上記のような段階で、虚偽の辞退理由がまかり通ったり、「ずる休み」が罰せられないのであれば、けっきょく、こういう制度は虚偽や不正行為を助長し、正直者だけが負担を強いられることにもなりかねない。

 不定期ながら、この連載は続く。