じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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2011年版・岡山大学構内の紅葉(13)時計台横のカイノキ

 今年の秋は全般に紅葉がイマイチだと言われてきたが、この場所にあるカイノキは例年になく鮮やかになっている。過去記録と比較しても見劣りしない。  なお、過去記録の日付に示されているように、例年の紅葉は11月下旬が見頃となっており、今年は2週間以上遅い。

12月6日(火)

【思ったこと】
_b1206(火)日本質的心理学会第8回大会(11)「個性」の質的研究(10)関係の中における個のふるまい(1)体験語りと非体験語り

 このシンポの2番目の話題提供は、大橋氏による「関係の中における個のふるまい」というタイトルであった。今回の企画は、ある個人における特有の構造、環境・文脈、時間の流れをテーマとしているが、大橋氏は、この「個人」を「社会」に置き換えると、すでにエスノメソドロジーという研究分野があることをまず指摘された。エスノメソドロジーは、ある社会の成員が(暗黙のうちに)用いている方法(論)を明らかにしようとする学問であり、これを基盤とした会話分析では、人々が(暗黙のうちに)用いている会話の(規範的な)規則を明らかにしようとする。この手法が、「個人」の特徴を明らかにする研究に用いることができるのではないかというのが、前半のお話であった。

 ここから先の議論については私自身の勉強不足もあるが、聞き取れた範囲では以下のような論点であったと思う。【以下、スライド画面からの抜粋引用】
  • エスノメソドロジーは、あくまで、ある社会の成員が暗黙のうちにもつ規範としてのルールを明らかにすることであり、これは、個人ではなく、暗黙の社会秩序を明らかにすることを目的としている。
  • エスノメソドロジーにとっての「個人」はあくまで「社会の成員としての個人」である。個々人のその人らしい振る舞いを否定はしないが、そうした研究は、エスノメソッドを明らかにした後に研究の対象となる。
 これに対して、大橋氏は、個人の中においても、発話にみられる「その人らしさ」があり、社会の成員が共有するエスノメソッドのみに注目しているとその特徴が見過ごされてしまう可能性があると指摘された。個人に注目するということでは、それは、エスノメソッドではなく、「パーソナルメソッド」とでも言うべき特徴である。

 大橋氏は、その実例として、冤罪事件における元被告と検察官とのやり取りにおいて、元被告の語りに特有の「その人らしさ」があり、かつ、その特徴が、体験語り(本人が実際に行ったことについて語る場合)と、非体験語り(「犯行」の経緯についての検察の「作文」の内容を、本人が思い出しながら語る場合)で異なっているということを、動画に基づいて指摘された。

 実際に提示された動画では、確かに、本人が、「犯行」当日に実際に行ったことを語る場合と、殺害に至るまでの「架空の」経緯を語る場合では、視点の移動や主語の使い方に大きな違いがあることが実感できた。もっとも、これは、当該事件が冤罪であったと確定しているからこそ、そのように聞こえた部分も無いとは言えない。

 容疑者が灰色であるという前提で同じ録音を聞かされた場合は、殺害に至る経緯についての語りが、それ以外の日常行動についての語りと違っていたとしても、直ちに、体験と非体験の違いとは直ちには断定できない思う。実際に犯罪を犯したと仮定して、犯行に関わる情動的な反応や、死刑を免れたいとする防御的反応が、語りの特徴を変えてしまうということもありうると思うからである。

次回に続く。