じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



01月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
§§
 昨日に続いて一般教育棟構内・ヴィーナス像の写真。夕食後の散歩時、西の空に月齢4.1の月が輝いていたので、ヴィーナス像のお顔と重なるように撮ってみた。

1月28日(土)

【思ったこと】
_c0128(土)上野千鶴子特別招聘教授着任記念学術講演・シンポジウム(18)シンポジウム(5)上野氏のリスポンス(2)ケアワークの値段はなぜ安い?

 昨日の続き。

 お三方のコメントに対するリスポンスの続きとして上野氏は、介護労働の賃金はなぜ安いかについて、移民労働との関係やフェミニズムの課題などに言及された。『ケアの社会学』の序文19〜21頁のあたりにもこのことについて触れられており、一部引用すると、
  • そこに参入してきたのが外国人ケアワーカーである。協セクターにおける介護労働の「価格破壊」を批判的に論じることができるのは、労働市場が国内で閉じているあいだだけであることを、わたしは早い時期から指摘してきた。福祉先進国である諸外国を見れば、それは火を見るよりあきらかだった。福祉先進国の高い介護水準が低賃金の移民労働力によって支えられていることを、否定できるひとはいない。[19〜20頁。]
  • 日本の高齢者のケアを発展途上国のケアワーカーが担う。出身国では中産階級に属する移民労働者が祖国に残してきた家族のケアを、さらに低階層の家事労働者が担う。地方や農村出身の家事使用人の故郷の家庭では、祖父母が孫の世話をする。その孫たちが外へ出て行けば、高齢化した祖父母のケアを担う者は誰もいない。先進国の高齢者の手厚いケアが移民労働力で担われるいっぽうで、グローバル・ケア・チェーンの末端では、ケアの崩壊が起きる。[20頁]
  • なぜならば、ケアワークの値段が安いから。ケアワークの値段を誰も上げようとしないから。[20頁]。
  • なぜ人間の生命を産み育て、その死をみとるという労働(再生産労働)が、その他のすべての労働の下位におかれるのか・・・・・・この問いが解かれるまでは、フェミニズムの課題は永遠に残るだろう。(上野1990:307-8、上野2009d:389)[上野1990は『家父長制と資本制:マルクス主義フェミニズムの地平』、上野2009dは、出典未確認]
となる。ケアは女の労働だから、女の労働はタダ働きだったからのか?という問題とリンクしているようだ。

 このことに関連するが、コメントの中で小泉氏が治安ファクターとして「ある種の男性(=外国人男性労働者)の参入を妨げるため」と言われたことについては上野氏は、穿ちすぎではないか、としてその反証として、外国ではジェンダー化しているが日本国内では男性がすでに参入していることなどを挙げられた。そして、むしろ最低賃金がくずれる点、プライドの値段は自ら賃金を下げるというより、ボーダーラインにわずかな差をつけることに問題があると指摘された。人の生命を育て死をみとる尊い行為を低賃金とするのはジェンダー要因も一部だが、すべてではないと論じられた。

 次回に続く。