じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 月齢6.1の月と共に撮る花と新緑。4月16日夜に撮影。
  • 左上:農学部・山陽圏フィールドセンターのチューリップ
  • 右上:一般教育棟構内、ヴィーナス像横のモクレン
  • 左下:一般教育棟構内、中庭の八重桜
  • 右下:一般教育棟の新緑
4月16日は朝7時21分に月が最遠(29′30″)であったが、最遠でも最近でも、写真に写る月の大きさは見た目よりはるかに小さい。


2013年04月17日(水)

【思ったこと】
130417日本の人口28万4000人減、65歳以上は初の3000万人突破

 各種報道によれば、総務省が4月16日に発表した平成24年10月1日現在の人口推計によると、外国人を含む日本の人口は前年に比べ28万4000人(0.22%)減の1億2751万5000人となった。マイナスは2年連続で、現行基準で統計を取り始めた昭和25年以降で減少数、率ともに最大を更新した。また65歳以上の人口は104万1000人増の3079万3000人で初めて3000万人を突破。昭和22〜24年ごろに生まれた団塊の世代の一部が65歳に達したためで、総人口に占める割合は24.1%で過去最高。なお、人口減の原因としては、平成23年10月から1年間で、死亡者が出生者を20万5000人上回ったほか、東日本大震災などの影響で外国人の出国者が入国者より5万6000人多かったことが挙げられるという。詳しい資料はこちらから閲覧できる。

 このニュースでまず驚いたのは、28万4000人もの人口減である。日本の市の人口順位によると、28万4000人前後の人口というのは、三重県・津市や東京都・豊島区の人口に匹敵する。そこに住んでいる人がすべて消えてしまったら大混乱に陥るが、1年間のうちにそういうことが起きているのだから驚くべきことである。

 そう言えば、岡大に隣接している合同宿舎では、入居している大学教職員は、入居基準が見直されたために来年7月までに完全退去しなければならないことになっているが、そのこともあって、昨年来、引っ越しが相次ぎ、1/5〜1/3近くが空き家のままの放置状態となっている。人口が減るということは、極端に言えば、こういうふうになることを意味しているのかもしれない。

 もう1つの65歳以上3000万人突破のほうも、昨年還暦を迎えた私としては身に迫る思いがある。上掲の通り、3000万人突破の原因は昭和22〜24年ごろに生まれた団塊の世代の一部が65歳に達したためとされている。厳密に言うと、昨年65歳に達したのは昭和22年(1947年)生まれの人たちであり、今後さらに急増するものと思われる。

 私は昭和25年生まれなので、団塊の世代より数年ほど年下ということになるが、小学校に入学した頃はちょうどその影響で、上級生のクラスは1学年8〜10学級のすし詰め状態、いっぽう私の学年は6学級に減っていて、学年が上がるごとに空き教室が増えていった。中には、教卓の前に大きなテレビを1台置いただけで「視聴覚教室」と称した空き室まであった。そんなこともあって、私の世代では、何年か前に急造した施設の余りをゆとりを持って使わせていだたくことができたのだが、これは、毎年、卒業と入学を繰り返しているからの話である。高齢者施設は6年経って卒業というわけではないので、私が65歳に達した時点、さらにそれから10年くらいは、介護施設も在宅サービスも満員・順番待ち状態が続くことだろう。入居できる頃まで長生きできるかどうかさえおぼつかない。

 もう少し世の中全体のことに目を向けてみると、もし、65歳以上の3000万人が年金だけで暮らそうとすると、残りのうちの生産年齢人口(15〜64歳)がそれを支えなければならなくなる。こちらの表4によれば、全国の年齢別構成は、
  • 年少人口(0〜14歳) 13.0%
  • 生産年齢人口(15〜64歳) 62.9%
  • 老年人口(65歳以上) 24.1%
  • 老年人口のうち75歳以上 11.9%
などとなっているが、生産年齢といっても、大学生のように生産には従事していない人たちもいるので、実際の比率は全人口の半数程度になるのではないかと思われる。要するに、日本人の半分が働き、残りの半分は被扶養者、もしくは年金等で暮らしていることになる。いくらお金を貯めても老後の不安は残るし、若者たちは、自分の生活以外に高齢者一人分の生活を支えるために働かなければならなくなる。

 3月30日の日記に書いたように、お金というのは、一口で言えば、「お金とは、自分のために他人を動かすツール」であり、その主たる機能は、
  • 限られた資源(食物、土地、建物、道具など)のうちの一部を占有できるという機能。
  • 他人からサービスを受けるための契約書としての機能。これも、ある意味では、相手の生活時間の一部を自分のために占有する、という機能。
という2点にある。であるからして、いくらお金を貯めても、自分のためにサービスを提供してくれる人が減れば、満足なサービスは受けられなくなってしまう。仮に、人類が、放射能汚染かウイルス蔓延によって子孫をつくれなくなってしまったとすると、平均年齢は毎年1歳ずつ上がっていき、最後には全員が老年人口となってしまう。そうなると、老後のための資金などは何の役にも立たない、紙くず同然となる。

 ま、そこまで極端なことはあり得ないが、今の若者たちにしても、「今を生きる」ための労働に加えて「老後の蓄えを作る」ために一生懸命働いたとしても、実際に高齢者になった時にその蓄えが本当に活用できるのかどうか心許ない状況が考えられる。

 ということで、一番の解決策は、65歳以上、場合によっては75歳以上になっても、働けるうちは働き、できるだけ自立し、かつ高齢者どうしの互助の仕組み(元気な高齢者が要介護の高齢者をサポートする。そして、自分自身が要介護になった時は、次の世代の高齢者にサポートしてもらうという仕組み)を一層確かなものにしていくほかはあるまい。私自身も、老後の資金を蓄えておけば安全というような発想は捨てて、65歳で定年退職したあと、どういう形で自立、自活していくのかを真剣に考えなければならなくなってきた。