【思ったこと】 14024(金)屋根部屋のプリンス(5)韓流10周年「韓国ドラマ大賞」第2位の名作だったとは...?/若干の不満点
テレビせとうちで放送中だったこのドラマも、1月23日(木)をもって無事最終話となった。1月19日に述べたような理由で、私自身は、途中からDVD完全版レンタルで視聴していたが、レンタルでは返却してしまうと何も残らないため、後日の回想用としてテレビ番組の録画は続けていた。両者を比較するとやはり民放カット版は物足りない。例えば、第19話のところでは、パク・ハが警察に自首する前に、育ての親コン・マノクと生みの親チャン・ソンジュの2人に見送られるシーンがあるが、テレビ版では完全にカットされていた。また3人の臣下がパク・ハへの恩返しとして最後のアルバイトをする場面も相当程度にカットされていた。
さて、このドラマだが、Wikipedia英語版によると、韓国で放映された時の視聴率は、第1話が8.7〜11.3%、最高視聴率は14.8〜17.3%、各回の平均視聴率は11.6〜14.1%となっており、韓国での人気は「並」レベルであった模様である。
ところが、少し前、このドラマ関連の記事を検索していたところ、NHK-BS2で「冬のソナタ」が初めて放送された2003年4月から10年が経過したことを記念して行われた「韓国ドラマ大賞」という企画では、作品部門で
- 第1位 冬のソナタ 114337
- 第2位 屋根部屋のプリンス 93132
- 第3位 美男<イケメン>ですね 81069
というように、この「屋根プリ」が堂々の第2位を獲得していることが分かった。また、「ジャンル別」ランキングでは、「屋根プリ」は「ラブコメディ」、「ファンタジー」、「K-POPアーティスト出演作」のぞれぞれ1位となっており、さらに主演男優のパク・ユチョンさんは男優部門で第2位(第1位はペ・ヨンジュンさん)、主演女優のハン・ジミンさんも第7位(第1位はユン・ウネさん)、というように日本国内での人気はTopレベルの高さを誇っていることを初めて知った。
(となると、第1位の冬ソナと第2位の屋根プリの両方に出演しているソン・オクスクさんはますますスゴイ存在に見えてくる)
さて、このように大人気のドラマではあったが、個人的にはいくつか不満も残った。
- 第1話
第1話を観ただけでは「何となく暗く、かつ話が複雑すぎて面白そうには思えない。」【1月20日の日記参照】、「どこがラブコメディなの?」という印象を持たざるを得なかった。もちろん、第5話、10話、...というようにある程度の回を重ねてから再度第1話を再生すればつじつまはよく合うのだが、ネット経由のVODのように「1話のみ無料」というサービスを利用している人たちにとっては、第1話だけからぜひとも続きを観たいという気持ちにはなれないように思う。いっそのこと第2話まで無料にしてしまえば、かえって、続きを観たいという人が激増し、結果的に3話以降を有料で観る人が増えて興業上プラスにはたらくのではないかと思う。
- 第2話以降
3人の臣下(ソン・マンボ、ウ・ヨンスル、ト・チサン)は、タイムスリップ後の現代でもっと活躍してほしかった。もちろん、マンボの記憶力は少なくとも3回は役立っているし、ヨンスルの武術も素晴らしいのだが、それぞれが特技を活かしつつ連携してイ・ガクやパク・ハを助けるシーンがあるともっとよかった。それと、チサンはもう少し別の特技をもつべきだった。チサンらしかったのは、本物のヨン・テヨンを病室から運び出す時に看護師に女装するシーンだけだったような気もする。
- 第11〜12話
倉庫が火事になり、取り残されたパク・ハをイ・ガクが助けるシーンがあるが、火事(主人公が現場に飛び込んで救出)が定番の韓ドラとはいえ少々不自然で大げさすぎる。
- 第16〜17話
今度はパク・ハが冷凍車に閉じ込められるシーンがあるが、殺人未遂といってもよいほどの事件にもかかわらず、その後も加害者のヨン・テムに会ったりするのはやはり不自然。
- 第18〜19話
イ・ガクの命を守るために車にはねられたパク・ハ。そのパク・ハを救うためには実の姉であるセナから生体肝移植を受けて助かるという展開だが、いくらドラマとはいえ、肝臓移植という設定はあまりにも不自然(←肝臓損傷という緊急事態にある患者さんに生きている人の肝臓を部分移植しても命が助かるとは到底思えない)。せいぜい、「パク・ハが特殊な血液型であり、輸血可能な人は血のつながった姉のセナのみ」という設定のほうが良かったのではないかなあ。
- 第20話
朝鮮時代に戻ったイ・ガクが、謀反を企てた一族を捉えて、隠れていた嬪宮は母とともに流刑、父やムチャンは打ち首に処するという展開になるが、ラブコメディではここまでの復讐は必要ないように思う。だいいち、プヨンは、一族をかばうために死の直前に嬪宮と服を取り替えたぐらいだから、いくら悪者だといっても、実母や実父への処罰は望んでいないはずだ。さらに言えば、嬪宮が池で死んだことにするというのはプヨン自身のアイデアであるからして、自分が死んだことを知らせるような手紙を屏風の裏に遺すというのも矛盾している。けっきょく、あの時代にあっては、イ・ガクが愛していた相手は(騙されていたとはいえ)嬪宮であって、プヨンは可愛い義妹であり良き話し相手以上ではなかった。また、イ・ガクは朝鮮時代に戻ってからもパク・ハのことを想い続けており、プヨンを弔うのではなく、300年後のパク・ハに宛てて
そなたがこれを読むとすれば実に300年後になるのだ。...どうしようもなくそなたに会いたい、そなたの声が聞きたい、そなたに触れたい、死してそなたに会えるなら、すぐにでも命を絶ちたい。...【訳は日本語吹き替え版による】
というような手紙を遺したくらいであるから、300年前の復讐劇はあまり必要がないように思う。そういう意味では、朝鮮時代に戻ってからのイ・ガクや臣下たちの顛末は曖昧なままにしておき、むしろ、現代に一人取り残されたパク・ハがどう元気を取り戻していったのか、ということに焦点を当てた方がハッピーエンドとしてふさわしかったように思う。
でもって、一番肝心なのは、ラストシーンとその解釈だが、時間が無いので次回に続く。
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