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日没の方位が北に移動するにつれて、円筒形の旧・京山タワーのガラス面が夕日を反射して輝く現象が顕著に見られるようになった。かつての光る輪ほどのインパクトはないが、なかなか見事な輝き。 |
【小さな話題】天璋院篤姫の虚構と事実 4月11日放送のNHK「偉人たちの健康診断」で 「篤姫 ヒートショックの恐怖」 という話題を取り上げていた。 私にとって篤姫と言えば2008年のNHK大河ドラマ『篤姫』の主人公を演じた宮崎あおいさんのイメージがあまりにも強く、また、創作であると知っていても、あたかも史実そのものが描かれているかのように思い込んでいる部分が多い。 今回の番組では、
まず、そもそも篤姫がどんな体格であったのかということだが、番組によれば、身長は157〜159cmで当時としては大柄、体重はなんと70kgもあったという。『篤姫』の大河ドラマで言えば、宮アあおいさんよりも、幾島を演じた松坂慶子さんに近いイメージであったかもしれない。 薩摩藩時代の篤姫に健康をもたらしたのは
もっとも、上記の3.はこの番組特有のコジツケであり、よほど頻繁に砂蒸し風呂に入ったり蒸し料理を食べたりしない限りは、篤姫個人を飛び抜けた健康体にするほどの効果はなかったのではないかと思われる。 なお「この番組特有のコジツケ」というのは、この番組には歴史番組というより健康増進番組という性格があり、偉人にかこつけて、民間療法や少々胡散臭い健康法などを紹介するコーナーがあることを意味している。以前にも武田家臣の強さは、日本一日照時間が長く紫外線を浴びたためとか、勝海舟のように雑談をしながら書をしたためる(同時並行作業)のは老化防止によいなどといった話が取り上げられたことがあった。 ちなみに今回は、サウナ一般についての誤解として、
元の話題に戻るが、明治維新以後の篤姫は、第十六代当主の徳川家達の英才教育に尽力した。しかし、家達がイギリスに留学した後は夜な夜なお酒を飲み朝風呂に入るといった不健康な生活に陥る。勝海舟の『海舟座談』には、「【天璋院は】夕方から出て夜中の二時三時に帰られることが度々あった」とか、「天璋院のお供で八百善にも二三度、向島の柳屋へも吉原にも芸者屋にも行った」といった記載があるという。 天璋院が酒浸りになったのは、子育てを終えた更年期女性に起こりがちな「空の巣症候群」ではないか、と番組では指摘されていた。 もっとも、これは全く私個人の根拠に乏しい推測であるが、幕末の動乱期に活躍した知人が先に亡くなり、自分だけが取り残されていったことも酒浸りの一因ではないかという気もする。じっさい、天璋院が亡くなったのは1883年であったが、大河ドラマに登場する主要人物の没年を調べてみると、
天璋院篤姫の直接の死因については、当時の新聞記事に「湯殿で躓いて、布団に座られるや否や昏倒」と記されており、入浴時の寒暖差による脳内出血によるものであることがほぼ確実のようだ。ちなみに、入浴中の事故死亡は交通事故死の4倍という高さであり、12月から3月までの冬期に特に多いというから注意が必要。もっとも、そうした直接の死因よりも、なぜ酒浸りになってしまったのかということのほうが私にとっては興味深い。 いずれにせよ、偉人をドラマ化するとなれば、どうしても終わりよければ全て良しという形で感動を与える演出が不可欠。酒浸りがたたってヒートショックで脳内出血を起こし早死にされたという晩年の部分は、酒浸りの原因を明確にしない限りはドラマとしては描きにくい。 |