【連載】ヒューマニエンス 「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」(10)前帯状皮質の役割
12月13日に続いて、11月25日にNHK-BSで再放送【初回放送は6月1日】された、NHK『ヒューマニエンス』、
●「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」
についてのメモと感想。
放送では「セロトニンの両面性」に続いて、「ヒト特有の不安」として雨森賢一さん(京都大学)の研究が紹介された。焦点があてられたのは、大脳の内側にある『前帯状皮質』であり情動に関わっている領域として知られる。
- カナダの研究者が何人ものうつ病患者の脳画像を撮影したところ、この前帯状皮質の過活動が確認されている。
- うつ病に至るプロセスは、以下のようなステップで進行する。
●イライラ→不安→憂うつ→手につかない→根気がない→興味がない→喜びがない→生きがいがない
- 前帯状皮質は、うつ病の初期段階にあたる不安と関わっているのではないか。
このことをふまえて雨森さんはマカクザルを使って次のような実験をした【要約・改変あり】。出典は以下の通り(たぶん)。レビューはこちらにある。
●Ken-ichi Amemori, Ann M. Graybiel (2012).Localized microstimulation of primate pregenual cingulate cortex induces negative decision-making. Nature Neuroscience, 15, 776-785.
なお『マカクザル』はマカク属のサルであり、ニホンザルやアカゲザルを含むが、放送では種名は言及されていなかった【要約・改変あり】。顔の特徴からおそらくアカゲザルが被験体であったと思われるが、放送の中ではシッポの短いニホンザルの写真も使われていた。
- 実験箱内の正面にはモニターがあり「■」と「+」が同時提示される。このうち「+」を選べば報酬として水が与えられるが、同時に罰として顔に空気があてられる。いっぽう「■」を選ぶと水も空気も与えられない。
- どちらを選択するのかは「罰を受けるかもしれない」という不安を乗り越えられるかどうかにかかっている。
- 実験では罰の強さと報酬の量という2条件がいろいろに変えられた。
- 通常のサルでは、報酬の量が一定以上になると罰の強さにかかわらず報酬を受け取った。罰に対する不安よりも報酬を得る欲求が上回ったと解釈される。
- 次にサルの前帯状皮質を刺激したところ、全体的に「■」を選ぶ頻度が増え「+」を避ける傾向が生じた。罰に対する不安が強くなったためと解釈される。
- 罰に対する評価(不安)が上がっただけでなく、アプローチする(選択する)ことに対する不安が増加した。前帯状皮質はさまざまな不安を意思決定に変換する領域であると考えられる。
- つまり前帯状皮質こそ不安の司令塔ではないか。
- 前帯状皮質を除去した場合にどうなるのか?については以下の論文がある。
●P H Rudebeck 1 , M J Buckley, M E Walton, M F S Rushworth (2006). A role for the macaque anterior cingulate gyrus in social valuation. Science, 313(5791):1310-2.
この実験の概要は以下の通り【要約・改変あり】。
- 実験装置内の正面にはモニターと餌台がある。
- モニターにはサルが目線を被験体に合わせて威嚇している写真が提示される。
- 威嚇されたことにより通常のサルはエサを取るのに平均23秒かかったが、前帯状皮質を除去されたサルは怯えることなく5秒でエサを取った。前帯状皮質を取ると、仲間との力関係に関心がなくなったことが示された。
- さらに、同じ装置で、メスのお尻の写真を見せたところ、通常のオスのサルはそれに気をとられて平均12秒かかったが、前帯状皮質を取ったサルはたった4秒でエサに手を伸ばした。異性の仲間にさえ関心が無くなったと解釈された。
- 前帯状皮質は24野と32野に分かれている。不安にかかわっているのは24野、いっぽう32野は『共感』にかかわっている。サルに比べるとヒトの32野はかなり拡大しており、他者の不安を自分の不安として引き受ける能力を獲得したと考えられる。それによって他者に対する思いやりを実行でき、社会形成の基盤になっているのではないか。
ここでいったん私の感想・考察を述べさせていただくが、まず雨森さんの実験結果は、単に「+」の刺激を怖がるということではなく「■」のほうを能動的に選ぶということを示していた。この傾向は前帯状皮質への刺激によって顕著になることから、罰への回避が高まったと解釈することはできる。もっともこのWeb日記で何度も指摘しているように、この結果だけでは『不安』を説明概念として用いる必要はないようにも思われた。
実験紹介の最後のところで雨森さんは「サルに比べるとヒトの32野はかなり拡大しており、他者の不安を自分の不安として引き受ける能力を獲得したと考えられる。それによって他者に対する思いやりを実行でき、社会形成の基盤になっているのではないか」と論じられたが、そこまでの放送内容はあくまで
●罰と報酬の葛藤状態に置かれたサルは、前帯状皮質を刺激されると罰に対して弱気になる。前帯状皮質を除去されたサルは、他のサルの威嚇や性的刺激に無頓着になりエサだけに興味を示すようになる。
というだけであって、ヒトとサルの比較は行われていないので、他者に対する思いやりとか、不安が社会形成の基盤になっているという主張は、(ここまでの放送内容だけからは)唐突で飛躍があるのではないかという印象を受けた。また出典が2006年や2012年というように12年〜18年も前の論文であり、最新の研究はどうなっているのかが少々気になった。
次回に続く。
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