【思ったこと】
980417(金)[心理]金属バット長男殺害事件判決で思ったこと(前編) 4月15日の日記でちょっとふれたように、一昨年の11月、家庭内で暴力をふるう息子を父親が金属バットで殺害した「金属バット殺害事件」で殺人の罪に問われている香川被告(53)に対する東京地裁判決が17日に言い渡された。判決は懲役3年(求刑は懲役5年)の実刑であり、各種報道を要約すると、おおむねつぎのようなことが明らかになっている。[4/17にテレビで報道された内容をメモし、4/18の朝日新聞記事により、補足修正した]
この種の事件では、家庭内暴力の実態は、被告や家族、関係者からの伝聞によってしか伝えられないため、その象徴的な部分だけがマスコミによって誇張して伝えられる恐れがある。また、「専門家」に対してどのような相談がなされたのか、「専門家」がどのような助言・指示を与えたのか、その詳細が伝わってこないので、この場で、具体的にコメントすることはできない。いまの時点で、私が一般論的な感想としてもっているのは大きく分けて次の2点である。 1つは、カウンセラーや心理療法に対する一般社会の誤解。カウンセラーは国家資格でなく、極端に言えば誰でも、たった今からカウンセラーを自称することができる。新聞記事などに「カウンセラー協会」とか「カウンセリング協会」などの名前で相談会の案内が掲載されていることがあるが、そのような協会と、「日本心理学会」あるいは「日本心理臨床学会」とは何の繋がりもない。決して悪徳商法団体ではないと思うが、おそらく、専門学校や通信教育業者が、適当なカリキュラムを作り上げて、修了者に協会認定「資格」を与えているものと推測される。 かりに大学や大学院で臨床心理学を学んだからといって、その流儀はさまざまで、どれが正しい、どれが間違っているとはいちがいに言い難い。現在「臨床心理士」の資格が整備されつつがるが、これも、どの大学でどういう教官の指導を受けたかによって、みなマチマチだ。もちろん医者でも、西洋医学主体と漢方重視の医者というように多少の治療法の違いはあるだろうが、臨床心理士が10人居れば、10通りの異なる療法がそこにあると言ったほうが正確であるかと思う。 4月15日の日記でも指摘したように、カウンセラーは万能ではない。来談者の話をだまって聞くだけのカウンセリングも、特定のケースでは十分な癒しになるかもしれないが、家庭内や学校内の暴力の抑止には殆ど無力であろう。環境条件を改善せずにただ「スクール・カウンセラー」の数だけ増やしても、非行・犯罪の解決には結びつかないことを知ってもらいたい。抽象的な精神主義的発言に終始する教育評論家の助言も全く役に立たないことは言うまでもない。 また、もうひとつ指摘したように、いまの時代、修理でも掃除でも、困ったことは何でも業者に頼る習慣がついてしまっている恐れがある。それと同じ感覚で、「行動の修理はカウンセラーに」と思われるようでは困る。明日以降に私なりの考えを述べさせてもらうが、家庭内暴力の原因としては、子供の問題行動とそれに結果を与えるという親の行動のあいだの長年の「相互強化」が主要な原因を占めていることは否定できない。その輪を断ち切ることは容易ではないが、少なくとも「行動随伴性」のしくみについて十分な理解があれば、未然に防ぐ手だては残されている。どのような助言をするにせよ、「行動の結果」を変えなければ問題行動は決して改善されない。実体のない「深層心理」や、「思いやり」とか「共感」など、お上品ぶって美辞麗句を並べ立てる似非カウンセラーに対する過度の期待はやめるべきだ。 |
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