じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 1月13日の岡山県内は、大陸から入り込んだ寒気で冬型が強まり、岡山市で最大瞬間風速28.1メートルを記録、JR瀬戸大橋線は午前6時10分ごろから午後0時12分まで強風のため運転を見合わせた。県北の新見市では18時までに35センチの積雪を記録した。

 このことで思い出したが、正月のタクラマカンと南新疆シルクロード旅行では、あまり寒さを感じなかった。バスによる移動が大半であったことと、屋外でも十分に重ね着していたためである(写真参照)。重ね着したのはホームセンターなどで安価に売られていたオーバーズボンなどと、古いトレーナーなど。

 昨年夏の東チベットの場合もそうだが、主として車で移動する「走破」ツアーの場合には、この重ね着方式で十分。一方、山登り主体の場合はこれではダメで、通気性と保温性を備えた専用の登山用品が必要となる。


1月13日(火)

【ちょっと思ったこと】

電動歯ブラシの市場拡大

 1月14日の朝日新聞記事によれば、電動歯ブラシ市場が拡大し、1993年に53億円だった市場規模は2002年に96億円、2003年には120億円になった(歯ブラシメーカー最大手のライオンしらべ)。2年前に約800円の低価格商品が登場して浸透が進んだほか、現在では2000円未満が市場の8割を占めているという。

 私自身はもうかれこれ15年以上電動歯ブラシを愛用している。一時期はいろいろなブラシ(回転型や上下振動型)に付け替えられる高級品を使ったこともあるが、今使っているのは家電メーカーの3000円台のもの。これまでもそうだが、数年以上使っているとバッテリーが弱まってパワーが落ちてくる。部品の取り替えが面倒なので買い換えていくことになる。

 最近では旅行の時にも、乾電池型の歯ブラシを使っている。メーカーは忘れたが300円台の上下振動型でけっこうパワーがある。

 もっとも、電動歯ブラシでちゃんと歯磨きできるのかどうかは疑わしい。たまに歯医者に行くと指摘されるが、強く磨きすぎるのは禁物。むしろ、歯垢のたまりやすい場所に念入りにブラシをあてたり、フロスを使ったほうがよいと言われるが、忙しい時にはついつい電動歯ブラシだけで済ませてしまう。

【思ったこと】
_40113(火)[一般]「ある時間、待ってみる力」

 夕食時にNHKクローズアップ現代:No.1847「新しい人」になってほしい〜作家・大江健三郎さん〜を視た。大江さんはたくさんの本を書いているが、子ども向けの本を刊行されたのはごく最近になってからであるという。

 番組タイトルは「新しい人間」となっていたが、私はむしろ、「ある時間、待ってみる力」という言葉のほうが印象に残った。終了後にネットで検索してみたところ、御著書の1つ『「自分の木」の下で』(朝日新聞社刊)の紹介文があり、そこで「ある時間、待ってみる力」について番組で紹介されたのとほぼ同じことが書かれていた。
「待つ」ということは実は勇気のいることでもあります。なぜなら、その場から目をそむけない、逃げ出さないことが強要されてくることも多いのですから。しかし「待つ」ことで、自分の悩んでいたこと、苦しんでいたことを時間が解決し、自分が考えていたほど大変なことではないことに気づくのです。そしてちょっと立ち止まって、振り返ってみることも必要だと、改めて教えてくれるのです。同時に、一人で抱え込んでいないで、それを誰かに話していくことも大事なことだと思います。

 これはカウンセリングの中でも(流派によっては)大切にされる考え方かと思うが、私にはなかなかできないことだ。せっかちな私は若い時から何でもかんでも先を急ごうとして、しばしば損をする。あとで後悔することも多い。

 とはいえ、今さら性分を変えるわけにもいかない。私の場合はやはり、「能動的対処」を重視し最善の道を探してあれやこれやとせっかちに動き回るか、もしくはさっさと見切りをつけて関わりを中止するか、どちらかをとることになると思う。

 ま、私の場合、せいぜい20年か30年しか生きられない。最近やたら海外トレッキングに参加するようになった理由の1つは、「いったん健康を害したら、生涯行かれなくなってしまう」という危機感が増してきたためでもある(次に登りたい山を目標とすることで、早朝や夕食後の散歩を動機づけているという側面もあるが)。

 「ある時間、待ってみる」ことのできる人というのは、単に我慢強いとか精神的にゆとりがあるという人ではなくて、おそらく「上手な待ちかた」ができる人ではないかと思う。待ちかたが下手な私の場合は、時間に解決を委ねることは決してできない。悩み事を抱えた場合、その悩み事が大変なことか些細なことかは、あれやこれや多様に考えを巡らせた上で帰結されるべきことだと思っている。