じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 岡山大学構内の紅葉情報の第七弾(2007年11月12日)。写真上から、時計台横の楷の木(メス樹)、半田山、岡大・南北通りのイチョウ並木、農学部・東西通りのギンナン。ブラウザの「イメージを自動的にサイズ変更する」をoffにすると(もしくは画像右下に現れる拡大ボタンをクリックすると)大画像でご覧いただけます。



11月12日(月)

【ちょっと思ったこと】

ホームズ彗星、18、19回目

 11月12日(月)夕食後と13日(火)の5時半頃に、肉眼と双眼鏡でホームズ彗星を眺めることができた。これで通算18、19回目となった。空が澄んでいたこともあって、まだまだ肉眼で十分に確認できた。

 13日(火)早朝は、最初は空全体を薄雲が覆っていたがその後、北西のほうからすっきり晴れて、肉眼でもすぐに見つけられる明るさになっていた。早朝に双眼鏡で眺めたところでは、ペルセウス座α星とδ星を結ぶ線の方向に尾が伸びているようにも見えたが気のせいかもしれない。明るさはオリオン座の小三つ星の一番暗い星と同じ程度。肉眼ではボリビアで眺めた小マゼラン雲のような感じ。

【思ったこと】
_71112(月)[心理]日本心理学会第71回大会(49) 日本人は集団主義的か?(14)内集団効果と同調率

 高野氏の話題提供では、もう1つ、内集団効果に関する検証があった。通説に基づけば、日本人は集団主義的に行動すると言われるが、厳密にはこれは、内集団と外集団とに区別して考える必要があるのだ。要するに、自分の所属する集団の中では集団主義的に振る舞うが、外集団のメンバーに対しては必ずしも同調や協力をしない、というのである。

 じっさい、11月7日の日記や、11月8日の日記で言及した「同調行動」や「協力行動」の実験結果では、日本人が集団主義的であるという証拠は得られなかったが、これは外集団のメンバーをサクラにしたり、被験者として寄せ集めてきたためであり、もし被験者やサクラがすべて内集団のメンバーであったなら、通説を支持するような結果が出たのではないか、と指摘する研究者(Haineなど)があり、この点はぜひとも検証しなければならない。

 高野氏が紹介された、Williams & Sogonの実験(←「Sogon」というのは、有名な荘厳先生のことだろうか)によれば、日本人であっても、同じ大学のメンバーを被験者とした場合の同調率は27%であるのに対して、同じクラブのメンバーの場合には同調率が51%まで増えているという。つまり、内集団(=同じクラブ)では同調率が高くなることから、この結果は、「日本人=集団主義」という通説を支持していると言えよう。

 しかしこの結果について高野氏(Takano & Osaka, 1997: 1999)は、上記の実験の「同じクラブ」なるものに変数の交絡があるのでは?と指摘された。上記の実験で言う「同じクラブ」というのは、実際は体育会の野球部や剣道部のメンバーであったのだ。つまり、この種の「クラブ」では、内集団であるということのほかに「厳格な規律」という要因が交絡している可能性がある。規律が厳しいと、先輩に逆らったり、逸脱するような行動は許されないというわけだ。じっさい、高野氏らが、体育会系の運動部サークルと、文化系のサークルで同調率を比較したところでは、前者の同調率が50%前後であったのに対して、後者では20〜30%にとどまっていた(←スライドのグラフ画面からの目測)。また同時に測定された「規律の厳しさ尺度?」では、体育会系のほうがはるかに規律が厳しいとの結果が得られた。

 いろいろなメンバーで同調率を比較したこのほかの研究結果を比較すると、どうやら同調率が高くなったのは体育会系サークルのメンバーに限られていることが分かった。




 ということで、同調率を高めているのは、メンバーが内集団であるという一般的効果に起因するものではなく、体育会などの「厳格な規律」がその主要な原因になっているというのが高野氏の御主張であると理解した。

 私自身もこの結論はおそらく正しいであろう。しかし、もともと、日本のムラ社会には、その地域特有の慣習があり逸脱行動は取りにくい状況にあったはずだ。かつての(?)年功序列型の会社組織や行政組織の内部にあっても、上司の命令を絶対化したり、規律を厳しく守ることが義務づけられていたりしたはずだ。米国に比べて日本のほうがそういう集団が多ければ、結果的に同調行動が現れる頻度も多くなるはず。つまり、内集団効果であろうと、他の原因との交絡であろうと、とにかく体育会系の集団が多い限りにおいては「集団主義的」は否定できないように思われる。

 但しそのことは「日本人=集団主義的」という通説には直ちには結びつかない。米国でも規律を厳しく守らせるような集団の内部では、同じ程度に同調行動が生じる可能性はあるだろう。




 余談だが、『心は実験できるか―20世紀心理学実験物語』(ISBN:9784314009898)によれば、 俗称「アイヒマン実験」を行ったことで知られるミルグラムは、論文刊行のあと、「実験の命令」に最後まで服従した被験者と、途中で遂行を拒否した「不服従者」の間で、パーソナリティや生育歴に何らかの差違があるかどうか、追跡調査を行ったとのことである(←いまの時代にこんなことをやると倫理規定や個人情報保護規定に違反してしまいそう)。但し、明確な差違は得られなかったと聞いている。

 ま、それはそれとして、同調するかしないかということ自体をそんなに単純な比率で表すことには無理があるのではないだろうか。何にどれだけ同調するのかは、対象行動の中味や、同調した場合のメリット、デメリットによっても大きく変わるはずである。線分の長さ判断で他者に同調したからと言って、同じ人が、選挙の投票の際に周囲に影響されやすいとは必ずしも言えない。

 次回に続く。