【ちょっと思ったこと】
オリンピックは、IOCから請われた時に開いてやればいい
各種報道によれば、国際オリンピック委員会(IOC)は10月2日(日本時間3日未明)、コペンハーゲンで総会を開き、2016年夏季五輪開催都市をリオデジャネイロとすることを決めた。立候補していた東京は、1回目の投票では4候補中3位で勝ち残ったが、2回目の投票で3候補中の最下位となり落選した。
東京が招致活動をしたことについては賛否両論あると思うが、私は当初から、(強硬に反対というわけでもないが)、別段、日本の都市で開く必要はないと思っていた。
まず、いまの時代、高画質のデジタル映像による生中継が可能となっているので、開催地が日本国内であろうと地球の裏側のブラジルであろうと、テレビ観戦する上では何ら違いはない(1964年東京オリンピックの時は、テレビはまだ白黒であって、迫力あるカラー映像は、市川監督の映画で初めて目にすることができた)。東京でオリンピックが開かれたところで直接会場に足を運ぶわけではないので、どっちでも同じこと。日本への招致活動や開催費用に税金を投入するのはムダ使いであると思う。
私自身は東京生まれ・育ちであり、12歳の時に東京オリンピック(1964年)を体験している。確かにあの時は、日本国民が一丸となって開催を熱望し、感動したとは思う。しかし、あれはまだ、昭和30年代の終わりで、日本経済が発展途上にあり、国際的地位が十分に認められていない時代であった。いっぽう、今の日本は、別段、オリンピックを開催しなくても、それなりに注目されている。また、オリンピックを開催したからといって、更に注目度が増すというわけでもない。
オリンピック開催による経済効果や公共施設の整備・活用をはかろうと狙いはあったと思うが、ああいう、短期間のお祭り特需に頼る限りでは、中長期的な成果をめざすことはできない。
今回のブラジルのように、オリンピック開催をテコにして、国際的地位の向上と内政面の充実を図ろうとしている国がある時に、経済的にトップレベルにある米国や日本がその邪魔をするというのはどうかなあという気もする。
冬季五輪のように、参加国が比較的寒くて裕福な国々に限られていて、新たな競技施設を建設するにはコストがかかり自然破壊の恐れがでるような大会であれば、既存施設を有効に活用しつつ、2度目、3度目といった開催をしたほうが望ましいという考えも出てくるが、夏季五輪については、できるだけ、新しい国や地域で開催したほうが、地球規模の環境問題を考えるきっかけにもなるし、何よりも、オリンピックを見たことも聞いたこともなかったその国の子どもたちに夢を与えることになると思う。
ということで、これから先、日本の各都市は、夏季五輪の開催に立候補するようなことは控えたほうがいいと思う。少なくともそのために税金を投入するべきではない。日本で開催する可能性があるとしたら、それは、経済危機や治安悪化などで立候補都市がゼロになり、IOCのほうから日本国内での開催を懇願してきた場合であろうと思う。他の国が嫌がることを敢えて引き受けてこそ、日本の国際的信頼と役割は揺るぎないものになるであろう。
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