じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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【思ったこと】 _b0104(火)エチオピアの砂漠と都会で働くことの意味と格差と雇用について考える 今回の旅行中、働くことの意味や格差、雇用について考えさせられることがあった。砂漠の村と大都会のどちらのほうが皆楽しく生きていかれるのかという問題である。 旅行中に計3回テント泊した「アハメド・エラ」という村は、イスラム教徒のアファール人が少なくとも1500年以上前から住み続けている村だそうで、彼等は砂漠の塩原から塩を採掘する権利を一手に管理しており、切り出された岩塩の板を、手斧を使って6kgの板(※)に成型することで生活をしているという。彼等の家は、彼等の家は木の枝と皮で造られており、またこの季節は、夜の気温が快適なこともあって、男性は家の外にムシロやダンボールを敷いて野天泊をする男性も多い(写真左上参照)。また、岩塩の切り出し(写真左下)や、ラクダやロバを使った運搬はもっぱらキリスト教徒のティグレ人によって行われるという。その「塩のキャラバン」は野天泊を続けながらエチオピア第二の町メケレまで運ばれると聞いた。 [※1/9追記] 1月8日放送の「世界ふしぎ発見!」では、岩塩1枚の重さは10kgであり、ラクダ1頭につき合計約200kgを背負わせると紹介されていた。 メケレからこのアハメド・エラ村までは、未舗装ではあるが大型トラックが通れるような道路が通じており、また、村から塩の採掘現場までの間も、その気になればトラックで運搬可能、さらには重機で塩の採掘をすることもできるように見えた。そのような機械化が実現すれば、彼等が1年間かけてやっとのことで運ぶことのできるのと同じ量の塩を、数日程度の作業で完了させてしまうことができるものと思われた。 しかし、もしそんなことになれば、アハメド・エラの村人の大半、そして塩のキャラバン隊の全員と、何百頭ものラクダとロバは直ちに失業してしまう。彼等は村を捨てて、都会で日々雇用の不安定な生活を余儀なくされることになるだろう。 彼等の生活の様子は見た目には貧しく、労働時間は長くしかも過酷であり、かつ、職業を任意に選べる状況には無い。しかし、今の生活スタイルを続けている限りにおいては、これから先も、誰一人として失業することもない。生きるために働き、働くために生き続けることであろう。 いっぽう、今回のツアーでは、エチオピア到着時の午前中と、出国前の午前中にアディスアベバの市内を観光する機会があった。こちらのほうは高層ビルが建ち並ぶ大都会であり、中心部は着飾った人々や車であふれていた。しかし、よく見ると、明らかに路上生活者と思われる格好で寝ている人もあれば、バスが停まっている時にガラス窓を外から叩いて物乞いをする人も数回以上あった。また、高層ビルの谷間には、低所得者層の住居地が散在していた(写真右下)。 大都会での貧困格差は、アディスアベバに限ったことではない。東京でも大阪にも路上生活者は少なくないし、毎日職探しに明け暮れている若者たちもいる。こうしてみると、近代化、機械化が本当に豊かな生活をもたらしてくれるのか、けっきょくは格差を作り出すだけではないか、と考えることもあながち誤りではないような気もする。 要するに、「富」というのは、けっきょくのところ
アハメド・エラのような村では生活に必要な資源がきわめて限られているので、人々は、一定の掟にしたがってそれを分配し、また資源を得るために協力、協同を惜しまない。部族による役割分担もいっけん不公平のようで争いを避ける基本原則としてうまく機能している。 いっぽう、機械文明の進んだ大都会になると資源は豊富になり、その総量は住民全員のニーズを満たすのに充分な量となる。しかし容易にそれを手に入れるようになってしまうと、ボランティア活動を除いて、他の人のために働こうとする人は誰もいなくなってしまう。他の人を働かせて贅沢をしようとする人にとってはこれは都合が悪い。けっきょく、一部の人の贅沢を実現するためには、格差は不可欠な仕掛けになってしまうのであろう。 |