じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
【思ったこと】 _b0622(水)2011年版・高齢者の心と行動(22) 困難な状況をすべて先延ばしし、何もしないでゴロゴロするだけの退屈な生活を避ける方法(2)阻止の随伴性の特徴 6月20日の日記の続き。 「阻止の随伴性」については数年前に『岡大文学部紀要』に スキナー以後の心理学(18) 「したいことをする」と「しなければならないことをする」 という論文を書いたことがある。要するに、「したいことをする」というのは、「行動しても行動しなくても平穏であるが、行動すれば好子が出現」という好子出現による強化の随伴性で行動していることである。いっぽう「しなければならない」というのは、行動していれば何とか現状を維持できるが、行動を怠ると嫌子が出現したり、好子が消失したりするという結果を招くということであり、「嫌子出現阻止」、または「好子消失阻止」による強化の随伴性ということになる。このほか、「嫌子消失による強化の随伴性」による逃避行動も「しなければならないことをする」に含めることができるが、逃避というのはかなり切羽詰まった状況であって選択の余地はなく、渋々と嫌々するなどという余裕は無いかもしれない。 阻止の随伴性は、必ずしも有効に働かないことがある。なぜなら、阻止の随伴性のもとでは、行動しても環境は変化しない。また行動しなかった場合の環境変化は、「やがて変化する」というだけで、時期が定まっているわけではない。防災や避難行動が万全にならない理由はそのあたりにある。要するに、行動の効果検証の術に乏しいということである。 反面、効果検証が難しいというところから、しばしば、行動が過剰に生起したり、迷信的な振る舞いの原因にもなる。国防予算を増やそうという勢力は、しばしば、「防衛体制を整備するという行動をしないと他国から侵略される」という嫌子出現阻止の随伴性で国民を納得させようとする。ブッシュ前大統領によるイラク侵攻なども、「大量破壊兵器の使用阻止」という大義名分があったが、これは要するに「イラクを侵攻するという行動をとらなければ、やがて、大量破壊兵器使用という嫌子が出現する」という嫌子出現阻止の随伴性に基づくものであった。また、過酷な自然環境に暮らす人々の間では共通して、災害や干ばつを避けようとして様々な宗教行事が行われる。現代科学から見れば、熱心に宗教活動をしても自然災害という嫌子出現を阻止することはできないように思えるが、現地の人々にはそのような余裕はない。宗教行事を行うことで平穏な自然環境が保たれるだけで、その行動は強化されていくのであろう。(←このほか、宗教行事は、災害への恐怖や不安を取り除くという嫌子消失による随伴性によっても強化されているとは考えられる。) 次回に続く。 |