じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
【思ったこと】 _b0802(火)ねつ造された談話記事であっても、実際に語られた談話記事であっても、情報的「価値」に大差はない 各種報道によれば、共同通信社が昨年10月、サッカーの国際試合で、取材をしていない架空の観客の談話をねつ造して記事にしていたことが分かった。共同通信社は、関係者を厳重注意にしたうえで「極めて不適切な原稿で、社員の教育を徹底していく」としているという。 まず、NHKオンラインの8月2日12時18分配信のニュースから事実関係部分を引用すると以下のようになる。 この記事は、去年10月8日にさいたま市で開かれたサッカー日本代表の国際試合について書かれたもので、「ワールドカップのブラジル大会ではベスト4だって狙えそう」などという20代の女性の観客の談話が書き加えられていました。しかし、この談話について、共同通信社の社内から「取材をしていないのではないか」と指摘があったため、社内で調査したところ、記者の原稿をチェックする40代の運動部の次長が、「締め切りが迫っていたため、以前、知人から聞いた話を観客の談話のように仕立てた」と虚偽の記事だったことを認めたということです。記事は、加盟する報道各社に配信され、4つの新聞に掲載されたということです。共同通信社は、この次長と上司の運動部長を厳重注意処分にし、次長については、編集以外の部門に異動させたということです。これについて、共同通信社は「談話がねつ造だと断じることはできないが、虚偽の談話であったことは確かであり、極めて不適切な原稿だ。今後は再発防止に向け、社員教育を徹底していく」と話しています。 まず、基本的な前提として、報道機関が、事実ではない談話をねつ造したことは問題であるとは思う。しかし、ではそれが事実として語られた談話であったとしても、そのことで情報的価値が高まるとは思えない。しょせん、この種の談話記事などというのは、読者に共感を与えるための飾りのようなものであって、何1つ一般化できないし、科学的な根拠として利用できる代物ではないように思う。 原発の是非であれ、菅内閣への支持・不支持であれ、あるいは消費税率の引き上げや子ども手当問題であってもそうだと思うが、街角で通りすがりの人に質問をすれば多種多様な意見が何百と返ってくるはずだ。しかし、テレビや新聞記事の中で紹介される「談話」というのは、そのうちの2つ3つに過ぎない。それらは決してランダムに抽出されたものではない。要するに、編集者が恣意的にピックアップしたものが記事になるだけである。今回はたまたま、ねつ造であったことが判明したが、「ワールドカップのブラジル大会ではベスト4だって狙えそう」と思っている観客はいくらでもいるはずで、何が何でもねつ造を避けようというのであれば、そういう発言をする人が見つかるまで、次々とインタビューをすればよいだけのことである。 ひとくちに談話記事といっても
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