じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 日本テレビ系で8月10日放送の

世界まるみえ テレビ特捜部「大自然は危機一髪!」

という番組で、「炎が燃え盛る巨大クレーター生命体はいるのか」という映像を紹介していた。リンク先の紹介記事は
「宇宙に生命体はいるのか?」の謎に体を張って立ち向かう探検家ジョージ・クルニスのぶっとんだ挑戦に密着。 極限状態でも生息できる生命体を探しだすために なんと炎が燃え盛る巨大クレーターに大接近! 別名「地獄の門」と呼ばれる灼熱のクレーターの中で生命体を発見できるのか。 この世のものとは思えないド迫力の潜入映像をお見逃しなく!
となっていたが、撮影場所は、2013年8月13日に訪れたトルクメニスタンの、地獄の門であった。録画再生で視たところ、地獄の門の底に到達したのはカナダの科学探検家ジョージ・クルニスという男性であった。ネットでお名前を検索したところ、こちらにウィキペディアの紹介記事、ご本人の公式サイトがこちらにあることが分かった。ギャラリーには、トルネードのほか、世界各地の活火山の写真などもあり興味深い。

 左の写真は、上弦の月と地獄の門(上段)、朝日と地獄の門(下段)。クレーターをのぞき込むと髪の毛が焼け焦げそうになるほどの熱さ。あの底まで下りるというのはスゴイ。

2015年08月11日(火)


【思ったこと】
150811(火)『嫌われる勇気』(31)ジコチュウ

 昨日の日記でも引用したように、第四夜(第四章)では、「共同体感覚」は英語では「social interest」、つまり「社会への関心」という意味であり、「自己への執着(self interest)」を「他者への関心(social interest)」に切り替えることが大切であると論じられている。

 ではなぜ切り替えなければならないのだろうか? 183〜184頁には、
「他者からどう見られているか」ばかりを気にかける生き方こそ、「わたし」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルなのです。...あなただけでなく、「わたし」に執着している人は、すべて自己中心的です。だからこそ「自己への執着」を「他者への関心」に切り替えなければならないのです。
と記されているが、ここまでを読んだ限りでは、なぜ「だからこそ」なのか、の理由がよく分からない。
  • 「人々がみな自己中心的になると、奪い合いや争いばかりおきて、少数の勝ち組以外はみな傷つくようになる。これはよろしくないので、他者への思いやりを大切にしましょう。」といった一般常識に依拠しているのか?
  • 人間関係の悩みは「自己への執着」に原因がある。それを本質的に解消するためには、「他者への関心」に切り替えなければならない。

 「ジコチュウは悪いことだ」という前提で物を考えている人や、人間関係の悩みをなんとかしたいと思っている人にとっては、上記の「だからこそ」はあまり疑問に感じられないかもしれない。しかし、私のように、人間関係にあまり興味が無く、かつ、(自分自身がどこまでジコチュウであるかどうかは別として)人間は本質的にジコチュウであってそれを捨て去ることはできないと考えている者にとっては、「だからこそ」と言われても、イマイチ納得できないところがある。

 四章では続いて「あなたは世界の中心ではない」という節がある。読み進めることで、果たして、ジコチュウ的世界観を切り替えることはできるだろうか?

 不定期ながら次回に続く。