じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
大学構内の芝地で、ヒナギキョウとキキョウソウの青い花が目にとまるようになってきた。 ヒナギキョウ【写真左】はニワゼキショウの花よりやや小さめだが、可憐な花からは想像もできないほどの発達した根茎をもつ【こちら参照】。 いっぽうキキョウソウ【写真右】は、2007年6月11日の楽天版によれば、「岡大構内ではヒナギキョウはたくさん生えていますが、ヒナキキョウソウは某所で一株見つけたことがあるだけで、その一株もいつの間にか消滅していました。」となっていたが、今年は複数箇所で見かけるようになった。国立環境研究所・侵入生物データベースにリストアップされていることからみて、今後、ますます繁殖する可能性がある。 |
【思ったこと】 160524(火)トールネケ『関係フレーム理論(RFT)をまなぶ』(29)「考える」と臨床(6) 5月24日の続き。 第3章の章末では、言語行動、その「無言型」としての「考える」行動が自分自身や相互交流に与える影響の重要性が論じられている。従来の行動分析学では、「考える」行動の役割は十分には検討されておらず、それを無視する傾向さえあった。原書54頁以降(翻訳書77頁以降)では、言語行動を重視する上での今後の方向が論じられている。私が理解した範囲でまとめ直すと以下のようになる。 まず、とにもかくにも、「考える」は明らかに行動に影響を与えており、行動分析学的アプローチもこれを無視してはいけないという点が挙げられる。 そのいっぽう、従来の認知的技法は、必ずしも有効性を示せていない。昨日も引用したように、「認知行動療法によって到達される症状改善において,認知的変化が原因として果たす役割に関しては,実証的な支持はほとんどない」という現状もしっかりとふまえる必要がある。 上記の2点を総合すると、要するに、言語行動の影響の重要性にもっと目を向ける必要があるが、それは、従来の認知モデルとは異なるアプローチでなければならないという方向性が導かれる。その1つが次章以降で詳しく論じられる「関係フレーム理論」ということになる。 以上の議論に関連して、自然災害の被災者の方々の精神的ケアの問題に少しだけ言及させていただく。地震や台風などにより、避難所での長期間の生活を余儀なくされることがある。その場合、まずは、睡眠、トイレ、プライバシーなどに最大限に配慮した環境整備が求められる。そういう整備を怠って、ただ単に「よく眠れますか?」、「どういうストレスがありますか?」などと相談窓口を開設したところで本質的なストレス解消にはつながらない。また、避難所生活が数週間以上に及ぶような場合は、上記に加えて、「能動的に行動し、強化される」という環境を整備していく必要がある。避難所の周りに簡単な運動器具を整備するとか、菜園や花壇を創るとか、子どもばかりでなく大人も参加できるような遊び場を用意する必要がある。災害で大変なことになっている時に遊んでいるとは何事かという遠慮されるかもしれないが、レジャーを含めた日常生活にできるだけ近い環境を提供することが健康を保持するための必要不可欠な条件であることを忘れてはならない。 もっとも、いくら環境を整備しても、災害で亡くなられた家族への思い、今後の生活への不安、また今回の熊本地震の場合はまだまだ大きな地震が起こるのではないかといった不安などを解決することはできない。この部分へのケアでは、「考える」という行動の影響はきわめて大きい。 次回に続く。 |