じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 岡山市近郊の麦畑(写真上)と、昨年7月にキルギスで見かけた麦畑(写真下)。

2019年5月17日(金)




【連載】

遺伝子の最新研究と心理学の将来(4)トレジャーDNAの適応性と有効性

 昨日の続き。

 第1集 あなたの中の宝物"トレジャーDNA"では、「カフェインの分解能力を決めるDNA」の仕組の説明のあと、DNA98%の働きの違いによって、「耳たぶが小さい」、「骨折が治りにくい」、「ひげが濃い」、「虫歯になりやすい」、「はげにくい」といった体格や体質に関する特徴のほか、、「ポジティブ思考」、「数学的思考が得意」、「好奇心が強い」、「落ち込みにくい」、「打たれ強い」、「粘り強い」といった行動的特徴の個体差が生じる、という研究が発表されていることが紹介された。【5月14日の画像参照】

 5月15日にも述べたように、上記の特徴の差は、DNA98%におけるタイミングや量に関する働きの差であって、2%の遺伝子におけるDNAスイッチのオンオフの違いとは別物であるようだ。

 私が理解した限りでは、このDNA98%部分の特徴は、生まれた後で変えることはできない。後述するように両親から受け継がれるDNAの中のおよそ70個は新たな突然変異が生じるというが、その主要部分はやはり遺伝するようである。それゆえ、インドネシアの海の民バジャウの人たちは、普通の陸上生活者の1.5倍の大きさの脾臓を持ち、赤血球の貯蔵庫である脾臓のおかげで、潜水を10分以上続けることができたり、水深70mまで潜ることができるという。この大きな脾臓は、脾臓を大きくするDNAの働きによるものであり、バジャウの人々のあいだで代々受け継がれている。同じように、酸素が40%も少ない高地で活発に暮らせる人たち、北極圏で極端な動物食だけで健康に生きられる人たちは、それぞれにおいて98%DNAの中の適応的な機能が受け継がれるようになったものと考えられているようだ。

 DNA98%の驚くべき機能について、出演された鈴木亮平さんは「誰が作ったんだろう?」という感想を漏らしておられたが、別段、創造主の存在を仮定する必要はない。上記のパジャウの例で言えば、パジャウの人たちももともとは他の部族と同じ大きさの脾臓であった。しかし、その中で、一代あたり70個の変異の1つとして、DNA98%の中で脾臓を大きくする機能を持つ人が生まれた。その機能は海洋という環境のもとではより適応的であるゆえ、その人の家族・子孫はより生き残りやすくなる。そうして代を重ねるごとに、部族の中で脾臓の大きな人の比率が高まっていく。同様の変異は、陸上&平地で暮らす部族の中でも同じように起こりうるが、陸上&平地では、脾臓が大きくなってもメリットはない。それゆえ、脾臓の大きな人の家族が、そうでない人の家族より有利になることがないため、脾臓の大きな人の比率が高まる可能性も低い。

 もっとも、今述べた論法で言えば、「ポジティブ思考」とか「数学的思考が得意」といった特徴も現代社会では適応的であり、現代人の中でそういうDNA機能を持ち合わせた人の比率が増えていってもおかしくないようにも思われるが、現実には必ずしもそうならないことを見ると、あるいは、「ポジティブ思考」とか「数学的思考が得意」というのは、適応上、大したメリットが無いのかもしれない。【というか、生死にかかわるようなメリットでないと淘汰されない。】

 なお、DNA98%が、体質などを特徴づけるといっても、「耳たぶが小さい」というように1個だけのDNAが関与する特徴もあれば、多数のDNAに加えて環境との相互作用によって決まる特徴もあるという。なので、生まれた時のDNAの特徴だけでその人の体格、体質、行動的特徴などがすべて運命づけられるわけではないようだ。

 もう1つ、DNA98%によって決まるといっても、その差が微々たる場合もある。番組で取り上げられた例で言えば、出演した石原さとみさんの「耳がいい」という特徴は、実際には、「中音域が平均1.6デシベルよく聞こえる」という程度であるという。ネットで検索したところでは、「木の葉の触れ合う音」や「雪の降る音」、あるいは5m先のささやき声が聞こえるというレベルの騒音は20デシベルであるというから、1.6デシベル程度よく聞こえたからといって特段のメリットがあるとは思えない。

 上記の例に限らず、微々たる差の違いであるなら、それを自分の適性や運命のように固定するのではなく、そのデフォルト値からどれだけ自分を変えられるのか、あるいはどうやったら変えることができるのかに取り組んだほうが遙かに適応的であるようにも思える。

 次回に続く。