じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



08月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

 高知県の砂浜から眺める太平洋と、ブラジル・小レンソイス近くの砂浜から眺める大西洋(写真下)。どちらも、幾重にも波が打ち寄せてくる。

2019年8月8日(木)



【連載】

又吉直樹のヘウレーカ!「仕掛学」と行動分析学(4)

 昨日に続いて、7月17日放送の又吉直樹のヘウレーカ!「なぜ駅前の放置自転車が急になくなった?」の感想とコメント。本日はその最終回。

 すでに指摘したように、仕掛学の成功事例のいくつかは、
  • オペランダムの目立ちやすさ(弁別性)やゲーム感覚の確立操作(動機づけ操作)。
  • 標的行動と形態的に似た行動を別の強化随伴性によって強化する(バスケットゴールつきゴミ箱、真実の口に似せた手指消毒装置など))
  • 問題行動(標的行動)と競合的な(=同時に起こすことができない)行動を強化することによって、結果として問題行動の頻度を下げる。
といった工夫がなされていた。行動分析学の応用場面でもさまざまな形で利用されており、必ずしも目新しいものではない。遊び心のアイデア自体には斬新なものが多いとはいえ、「仕掛学」という「学」を名乗るために求められる基本原理や体系性を追求していくと、行動分析学との発想とはそれほど大きな違いは無いようにも思えた。

 とはいえ、
  1. 仕掛学は選択肢を増やすアプローチであって、単一の標的行動の変容を強制するものではない。
  2. 目的の二重性:仕掛けた人と仕掛けられた人の目的が別々にある。
といった仕掛学の特徴についてはもう少し掘り下げて考えてみる必要がありそうだ。

 上記1.の「選択肢を増やす」というのは、行動分析学的に言えば、「多様な行動を起こしやすくする」という部分と、それらの行動が「多元的に強化されやすくする」という部分から成り立っている。前者は、オペランダムの多様化、後者は多様な強化随伴性を用意することである。

 例えば、省エネ対策のため、エレベーターの利用頻度を減らす対策を検討したとする。エレベーターのドアに「省エネのため利用を控えよう」という張り紙をするだけの対策は精神主義であって効果は少ない。エレベーターの昇降スピードや、ドアの開閉を遅くすることで結果的に物理的に頻度を減らすという対策もあるが(実際、地下鉄などのエレベーターは、マンションやホテルのエレベーターに比べるとスピードが極めて遅い)、利用者からは不満の声が上がる。では、どうすればよいか? 1つの方法は、階段の途中に有益な情報を掲示したり、階段を1階ずつ上り下りするために1ポイントを提供したり、といった形で、「階段利用行動」を強化することである。その場合、エレベーターの利用自体は何も制限しないし、利用料を徴収するわけでもない。階段を利用してもしなくても自由だが、利用するほうがお得になるというような強化随伴性を付加することになる。こういう対策は仕掛学の特徴を満たしているとも言えるし、行動分析学の応用であるとも言える。

 もっとも、「目的の二重性」はあくまで過渡的な仕掛けであり、より長期的・巨視的には、自然随伴性により自走型で強化されるほうが望ましいと、私は考えている。上記の「階段利用行動」は、究極的には、「階段を歩くことは健康増進効果によって強化される」べきであり、「真実の口」形の仕掛けによる手指消毒は究極的には衛生という結果によって強化されるべきである。8月6日に述べたように、ポイ捨て防止対策としての「バスケットゴールつきゴミ箱」も、いずれは、環境保護という結果によって強化されるべきである。こうした長期的・巨視的な視点なしに、目先の問題行動をバラバラに改善していくというだけでは世の中は決して良い方向には向かわないし、ヘタをすれば人類滅亡の危機に瀕する恐れがある。