Copyright(C)長谷川芳典 |
11月19日の日記で、「用水路の「油絵」、印象派から現代アート風に」という写真を掲載したが、この用水路では、花びらや落ち葉の種類や、水量の変化によって、その後も、美しい自然絵画が描かれ続けている。 |
【連載】#チコちゃんに叱られる!「なんで学校で上履きを履くの?」 12月11日に初回放送された、NHK チコちゃんに叱られる!の感想と考察。 今回は、
まず1.の上履きを履く理由については「出入り口を一つにするため」と説明された。 もともと日本の寺子屋などでは履き物を脱いで座敷に上がる習慣があった。明治時代の初め、政府の近代化政策により洋風建築の学校が建てられたが、当初は履き物を脱いで学校内に入っていった。しかし、洋風建築では床が板敷きのため冬場は履き物無しでは足が冷たくなり上履きが利用されるようになった。このことが上履き採用の主たる理由であるように思われるが、番組では、上履き義務化の結果として、靴を履き替えるための出入口が1つとなり、児童や生徒の様子を把握しやすいという利点が生じ、今でも上履きを採用していると説明された。 なお、番組によれば、日本国内では、上履きを採用せず、土足のまま建物に入ることのできる地域(京都市、神戸市、那覇市、浦添市など)もあるという。このほか、ウィキペディアには、裸足で過ごしたり、サンダル、スリッパ、草履などを指定している学校もあると記されていた。 ここからは私の考察になるが、このWeb日記で何度も論じているように「なんで○○なの?」という疑問に答えるには、「○○の由来」という部分と、「(由来はどうあれ)なんでいまでも続いているのか?」という理由を分けて考える必要がある。上履きの由来は、上記のように「和風の寺子屋で靴を脱いでいた習慣が洋風建築の学校にも継承されたものの冬場になると足が冷える」というようなことに由来していると思われる。要するに当初から出入口を1つにしようと計画されていたわけではなかった。いっぽう、「出入口を1つにする」というのは、結果として生じたメリットであり、現在も上履きが継続していることの1つの理由に過ぎない。 このほか、ゲストの一人も言っておられたように「土足のままで建物に入ると床が汚れる」というのも大きな理由になっていると思われる。私が子どもの頃は、通学路の殆どは砂利道や泥の道であり、靴がドロドロに汚れた。雨の日は長靴を履いて通ったが、長靴を履いたまま教室内で過ごすのは不便。また校庭は冬場になると霜柱ができてこれが融けるとドロドロになった。こういう状態で土足のまま教室に入ったら床は泥だらけになってしまうだろう。 もちろん今では、通学路の殆どは舗装されており、土足のままでもそれほど汚れることは無くなったが、衛生という観点からも上履き義務化は望ましいように思われる。このあたり、土足のままで建物に入れる地域で、清掃や衛生管理上の問題が生じていないのかが気になるところだ。 私自身は、幼稚園から高校卒業までずっと上履きを履いていた。大学に入ってからは土足で建物内に入るようになり当初は違和感があったが、床はそれほど汚れていなかった。もっともこれは、毎日、早朝に清掃員の方が床を掃除してくれるからこそ保たれているのであって、決して舗装道路で汚れが減ったからではない。以前、早朝ウォーキングを習慣化していた時に岡大構内を歩き回っていたことがあるが、夜明け前から講義棟内に照明がつけられ、清掃作業をしてくださっている光景を何度も目にしたことがあった。 次回に続く。 |